吊るし上げ
優しいんだか、優しくないんだか――
まっすぐな彼女の言葉に、また胸がじくんと痛んだ。
ふいと顔を背けて、小さく呟く。
「……別に」
少なくとも、優しかねえよな。
口の中でモゴモゴ言う――予想外の事態の連続で、幾分か勢いを弱めていた心のモヤモヤが、またじんわりとぶり返してきた。
ほんとに優しい人間はきっとこんなふうにはならねえよ。
自分の気持ちを裏切るみたいに、皮肉っぽく、冗談めかして言おうとして。
「――おい、何をやっているんだ、お前たちっ!」
不意にガンドウの喚き声が割り込んでくる。
俺は一度目を閉じて、それから彼の方へ向き直った。
「まだ生きているだと? 冗談じゃない――殺してしまえ、そんな怪物!」
「が、ガンドウ、いきなり何を言い出すにゃ? 見ての通り、彼女はもう完全に戦闘能力を喪失してるにゃよ。これ以上どうこうする必要なんて――」
「ない、とでも言うつもりか? 手温いことを、キャットウォーク!」
狂人めいた苛烈な言葉遣い。
激しい身振り手振り――真っ赤に充血した目がギョロギョロと動く。
「こいつが何者なのかは知らんが、俺たちを倒すために送り込まれたのは確かだろうっ。どんな呪いを仕込まれているのか分かったものではない、今のうちに息の根を止めるべきだ!」
口の端に泡を付け、叩き付けるように熱弁するガンドウ。
あまりの剣幕にキャットウォークは呆然と言葉を零す。
「ガン、ドウ……君、本気で言ってるにゃ?」
「当然だっ!!」
怒り狂う大男――
ヤツが浅いか否かはともかく、今日のガンドウの様子は明らかに不自然なのは確かだ。
先程、布切れを被った少女に追い詰められたときだって、彼の力ならば、撃退とまでは行かずとも、距離を取る程度のことはできた筈だろう。
だのに、そうしなかった。
――いいや、できなかったのだろう。
どうしてそうなったのかって?
「その辺にしとけ、ガンドウ。こいつは生かしておいた方がいい」
見当も付かない――だなんて、戯けたことを言うつもりはないけど。
「貴様、ドラゴリュート……はっ、普段は大きな口を叩いている割に存外甘ちゃんなのだな。ヤツを放って置いたならば、何が起こるか分からんぞ!」
「そこは俺も同意するさ。――だからこそ、だよ」
「だからこそ、だと? 何を意味の分からんことをっ」
「んな難しい話はしてねえよ。実際お前の言い分にも一理あるしな」
「ならば、迷う必要はなかろう! すぐにでも――」
「だけどよ」
俺は、低い声で言った。
「――もし、連中がその行動までを見越していたとしたら、どうする?」
「なっ!?」
目を見開くガンドウ。
言い返す隙を与えぬまま、俺は続けざまに論理を展開していく。
「術者が死亡した瞬間に効果が表れる魔法なんぞ、大して珍しくもねえし――その手の術は、得てして凄まじい力を秘めているモンだ。下手にちょっかい掛けて藪蛇かますよりは、生かしといた方がいいんじゃねえの?」
淡々と重ねた言葉――そこへ、ガンドウは泡を飛ばして反論する。
「そんなもの、甘ったれた戯言でしかないだろう! 大体、俺たちならば、その手の魔法トラップの解除など――っ!」
「トラップも仕掛けられてない戦闘力も皆無な非魔法使いのガキなら、放っといても別に問題なくないか?」
「そ、それは……ち、畜生っ」
夜の闇に響く叫び。
わずかな時間、沈黙が横たわり――
「……ガンドウ、決してあなたを否定するつもりはないし、軽視している訳ではない――でも、今はシズムの言う通りだと思う。まずは、先を急ぐべき」
「アクアマリオン!? 貴様までっ……正気か!?」
そこで、アクアマリオンまでもが同意を示す。
実際彼女の言う通りだろう――どうやら“子供攫い”には既に俺たちの存在がバレちまってるみたいだし、今は少しでも探索を進めるべきだ。
俺と、アクアマリオンと、キャットウォーク。
三人分の視線を受けたガンドウは、一瞬真顔になり――
「はは……ああ、そうか。そういうことか。お前たち全員で結託して、俺を笑い者にしようとしている訳だな? この俺を無様な愚か者に仕立て上げようと……く、はははははははっ。なるほどなるほど、くくくっ」
「にゃっ!? ち、ちょっと、ガンドウ!? 君、にゃんだかとんでもない勘違いを――」
何かが致命的に壊れてしまったみたいな、気味の悪い笑顔を浮かべた。
「分かったよ。分かったよ皆。お前たちの命令に従うさ――はは、さあ、先を急ごうじゃないか?」




