優しいんだか
宵闇を切り裂く銀色の光。
炸裂音と共にグレーの火花が幾度も弾け、辺りを鮮烈に照らした。
――やがて閃光が退き、視界が晴れていく。
すっかりボロボロになった廊下に残っていたのは――
「…………」
倒れ伏した、少女の身体であった。
アクアマリオンが俯く――ぎりっ、と歯噛みする音が聞こえる。
「……救え、なかった」
掠れた声で、彼女は言った。
「目の前で、こんなっ……私に、力がないばかりに……!」
「シルファちゃん……それは、違うにゃ」
叩き付けるように、噛み締めるように呟くアクアマリオン。
キャットウォークは彼女の背を優しく撫でた。
「決して君の責任じゃにゃい。こうしなきゃ、連中の悪事の証拠は消し飛んでいたし――そうなったら、もっと大勢の人が悲しむことになっていたにゃ。だから、気に病む必要なんてないのにゃ」
「いや、そりゃどうかな」
そこへ軽い調子で俺が口を挟む。
ぐんっ、とキャットウォークが顔を持ち上げ――普段のおちゃらけた様子からは想像もつかないほどに苛烈なまなざしを俺へぶつけた。
肩を竦めて更に続ける。
「だって、責任云々はともかくさ。アクアマリオンがもっと医療魔法に長けていたら彼女を救えたかもしれないのは事実だろ? そこを誤魔化して、気に病まなくていい、だなんて、そっちのがよっぽど無責任――」
最後まで言い切ることは叶わなかった――キャットウォークが殴りかかってきたからだ。
本気の怒りがこもったその拳を、俺は片手であっさりと受け止めた。
それでもなお、彼女の力が衰えることはない――激しい口調でなじられる。
「アンタはっ!! アンタは、どうしてそんなことが簡単に言えるんだにゃ!? どうしてそんな、惨いことをっ……手を下したのはアンタ自身の癖にっ!!」
「……大丈夫、もういいの。ありがとう、スズネ」
響く、アクアマリオンの沈み切った声。
「結局、シズムの言う通りだから。……常日頃から術の腕を磨いておけば、こんな状況にも対処できた筈だった」
その口振りに――ふと、ギルドでの一件を思い出す。
そういえば、あの廃研究所で行われていた所業に、誰よりも怒りを露わにしていたのは彼女だった。
それだけじゃない――別に誰に頼まれた訳でもないのに俺という危険人物の監視をしたり。
C・Bクラスの格下生徒の修行に律儀に付き合ったり。
酷いことを言ってきたガンドウを庇ったりして。
「シズムに、分離の魔法を教えてもらっておけば……二人掛かりなら、或いはどうにかなったかもしれなかかったのに……! もっと、もっと私が思慮深かったら、愚かでなかったら、きっと、彼女は、彼女は命を落とさなかったっ!!」
アクアマリオンは、本当は優しいヤツなのだ。
無口でとっつき難い感じはあるけど……。
控えめで、心根が真っ直ぐで、俺とは真逆の魔法使いなのだ。
だから、こんなにも強く自分を責め立ててしまうのだろう。
――そんな、彼女だから。
「命を落とした――だって? 何言ってんだよアクアマリオン」
俺も、調子が狂ってしまうのだろう。
「……え?」
「二人揃って洞察力がねえな、それでもSクラスか?」
言って、俺は親指で少女を示した。
アクアマリオンとキャットウォークは倒れた少女へ顔を向け――
あっと一声叫んだ。
「そんな……胸が、動いてる!?」
「呼吸音も聴こえる――い、生きてるっ! 生きてるんだにゃ、あの子!」
そう――少女は、死んじゃいなかったのだ。
全身を覆い尽くしていた触手が、するすると解け、塵となっていく。
十秒後には綺麗サッパリ、完璧に普通の子供の姿となっていた。
「エネルギー過剰が、戻っていく……!? ど、どうしてにゃよ!? 君、今度は一体何をしたんだにゃ!?」
「一体って言われるほどのことはしてねえな。ただ――」
俺は、突き出した右の拳をゆっくりと開いた。
かつん、と固い音を立て、掌から“それ”――銀色の光を放つ、“鱗”のようなものが床へ零れ落ちる。
「……それって、まさか……!」
「エネルギー体とやら、だな。こいつに埋め込まれていたこれを、瞬時に抜き取っただけだよ」
あの一瞬――俺はアクアマリオンから聞いた話を思い出したのだ。
赤子が異形に変貌したのは、高出力のエネルギー体を埋め込まれたのが原因だ。
だったら、それと近い性質の魔力を持ったこいつにもエネルギー体がどこかにある筈ではないか。
――なら、そのエネルギー体を直接ぶっこ抜いてやったらどうなるんだろう?
突発的な、本当に突発的な思い付きだった。
上手く行くかどうかなぞ分かりゃしなかったが、何もしないよりはマシだと考えたのだ――規模はどうあれ、爆発が起こるのは避けようがなかったしな。
ま、それが結果として上手く行った訳だ。
「あ、あのギリギリの状態でそこまでのことを――ていうか、人体に埋め込まれたエネルギー体を一秒にも満たない時間で探索・摘出するだなんて、一体どこのゴッドハンドだにゃ!? 君、ほんとに何者にゃんだい!?」
「あーもううっせえうっせえ。何者って言われても答えようがねえよ」
適当にあしらいつつ――俺はアクアマリオンの方へ向き直った。
「……アクアマリオンに力が足りないのは事実だけどよ。その穴を十二分にカバーできるレベルで天才の俺が居るんだ。だから、その、アレだよ。……一々クヨクヨするなよ、鬱陶しいなって! そういうことだよ、畜生め!」
上手く言葉にできない気持ちを無理矢理整え、吐き出す。
アクアマリオンは、ぽかんと口を開き――
「……あなたと言う人は、本当に。優しいんだか、優しくないんだか」
薄く頬を染め、小さく笑った。




