世迷言
色とりどりの光が弾けた。
赤色、橙色、深く零れ出すような焦げ茶色。
鋭く迸ったワインレッドの刃に映る、無数の魔力の粒――
その一瞬、確かに世界の時が止まった。
響き渡る落下音。
薄く飛び散った土煙。
地に叩き付けられたガンドウは、もはやぴくりとも動かない。
エネルギー反応は消失済――完全に気絶していた。
湿った空気が頭の横を通り過ぎた。
曇天にゆらりと空が燻る。
「……決闘は、対戦相手を戦闘不能に追い込んだ術師が勝者とみなされる。なお、ここで言う戦闘不能とは、気絶、あるいは戦意喪失状態のことを指す。……エスト魔法学院・決闘規則第二条より引用。それに従えば――」
アクアマリオンが、掠れた声で沈黙を打ち破り――それから、引き攣った笑顔を浮かべた。
「本決闘の勝者は――ガレット=アラヤヒールと、バーン=ブレイドル、以上二名となる」
言われたガレットとブレイドルは、呆然とするばかりであった。
当然だろう。
CランクとBランクが、相当デカいハンデを貰っていて、更に非公式の決闘であったとはいえ、Sクラスを下しただって?
前代未聞、などという話ではない――Aクラス全員が一斉に打ち掛かってなお掠り傷一つ付けられないのがSクラスだぞ。
それをあの、ぽかんと間抜け面を晒している凡人二匹が。
友達もランクも最低クラスの、あのバカ共が。
見事に、打ち負かしてみせたのだ。
……なぜだろう。
どうしてだろう。
今――凄く、凄く、胸がドキドキしてしょうがない。
一向に興奮が収まらなくって。
何か酷く暖かで騒がしいものがこみ上げてきて。
だけど、それがこれっぽっちも不快じゃないのだ。
我慢できずに、口を開こうとして――
「俺は」
突如響いたその声の陰鬱さに、ぎくりと身を固めてしまった。
ぱっとその主の方を見る――言うまでもなく、ガンドウだ。
しかし、先程までの鬼気迫る様子から一転――またも劇的に雰囲気が変わっていた。
目からは光が、頬からは生気が完全に消失してしまっていたのだ。
まるで暗黒の帳に落ち込んでしまったみたいなふうだ。
「負けた、のか。彼らに、完膚なきまでに……」
「ガンドウ……」
アクアマリオンが気遣うようにガンドウの名を呼ぶ。
「あなたは……きっと、少し心の調子が悪かっただけ。どうか、あまり気にしないで――」
「……黙れよ。アクアマリオン」
しかし、ガンドウから示されたのは明確な拒絶であった。
「そうやって、一々理解者ぶるのは勘弁してくれないか。――だって、俺の弱点を彼らに教えたのは、大方お前だろう?」
少女の青い髪が、ドレスの裾が、揺れる。
彼はその場に座り込んだまま、卑屈な笑みを浮かべた。
「はは、何て顔をしているんだ。満足だろう? 俺が無様に敗北する姿が拝めて」
「……待っ……て、ガンドウっ。違うの、それは――」
低く低く、地の底から這い出すように恨み言を並べ立てるガンドウ。
汗を飛ばしながらアクアマリオンは言い訳をしようとする――が、彼はまるで聞く耳を持とうとしない。
「うるさい、卑怯な裏切り者め。そんなに根暗呼ばわりされて腹が立ったのか? 事実を指摘されて逆上した訳か? 当てつけに思い切り笑い飛ばしてやりたかったんだろう? 正直になれよっ」
「そんなっ。私、そんなつもりじゃ――」
ドス黒く、ガンドウが吠える。
「黙れっ。お前も、本当は俺のことを見下しているんだろう? いいや俺だけじゃない、自分以外の全員をバカにしているんだ。そうに違いない。前々から気に食わなかったんだ、いつだって俺をバカにしたような目で見て、気付かれないとでも思ったのか? 能力だけで人を笑いやがって、だからお前の周りからは人がいなくなっていくんだ。だから陰で冷血だの人形女だの言われるんだっ」
「う……あ」
呻くアクアマリオン。
その姿に、ガンドウはいかにも小物っぽく舌なめずりをした――
「黙るのはお前の方だろう、ガンドウ。いい加減見苦しいぜ」
――が、俺に突っ込まれると、途端に怯えた顔をして黙り込んでしまった。
「アクアマリオンの真意なんざ知ったこっちゃねえが、俺からすりゃ、こいつは格下相手にイキる同級生を諌めようとしただけに見えるぜ」
「…………」
ガンドウは身体を震わせるばかりで、反論しようとすらしない。
「――それに」
俺は――ぽん、とアクアマリオンの肩に手を置いた。
「こいつと話すようになってから、大して時間も経ってねえけどさ――少なくともお前の言うような、能力だけで人を笑ったり、嘲ったりするタイプのヤツじゃないってことは俺にだって分かるぜ。俺より付き合いの長いお前なら、そんなこと、とっくに理解してると思ってたんだけどな」
「……シズム」
震える声で、アクアマリオンが俺の名前を呟いた。
ま、かく言う俺自身が、能力だけで人を笑ったり嘲ったりするタイプのヤツだからな。
同類か、そうじゃないかくらいは簡単に分かるのさ。
――だから。
「能力だけで人を笑ったり、嘲ったりするのはさ。どっちかって言うと、お前の方だろ? なあ、ガンドウ=ヤナギさんよ」
怒りと――確かな軽蔑を滲ませ、言い放った。
ガンドウは、目を見開き――一瞬。
本当に一瞬だけ、ものすごく悲しそうな顔をした。
それから、のたのたと立ち上がり、運動場の出口へと向かっていった。
ふん、いい気味だ。
「……あのっ」
――その背中を、ガレットが唐突に引き留めた。
ぴたりとガンドウが足を止める。
彼女は、何かを躊躇うかのように唇を震わせた。
それから口を開き、何事か喋ろうとして――結局、黙ってしまった。
その様子に、ガンドウは目を細めた。
小さく鼻を鳴らし、彼はその場から歩き去ろうとする。
――弾かれたように、ガレットは叫んだ。
「ガンドウ、さん!」
のたりと緩慢な動作で、彼は振り向いた。
「……何だ」
「一つ、聞きたいことがあるんです」
その声の調子は、何だかよく分からなかった。
哀れんでいるような、戸惑っているような、落ち込んでいるような。
上手く言えないけど――ただ別に、バカにしているとか、野次馬根性とか、少なくともそういうイヤなものは感じられなかった。
静かに、ガレットはガンドウへ問うた。
「どうして――あなたは、私たちにあんなことを言ったんですか? あなたなりに、何か、もっと別なことを言いたかったとか……別に、そういう訳じゃ、なかったんですか?」
「……世迷言を」
ガンドウは、再び卑屈な笑みを浮かべた。
「言っておくが、俺は決して負けてなんかいない。ハンデだって山ほど付けてやったんだ。本気なんて、これっぽっちだって出しちゃいないんだ。絶対に、絶対に、負けてなんかいないんだ……」
言って――彼は歩みを進めて。
やがて、学生寮のある方へ姿を消した。




