とんでもないヤツ
「止めだ」
予備運動場の端――木陰に座り込む二人へ、俺は酷薄に言い放つ。
完全に傷の治ったブレイドルが、小さく俯いた。
「決闘は中止する。これ以上やる必要はねえ」
「……あんなヤツに負けるなんて、プライドが許さないんじゃなかったのかい。シズムくん」
「お前らの葬式に掛かる手間に比べりゃなんぼかマシだよ」
「そ、葬式って……」
「言っとくが、半分は冗談じゃねえぞ。今のあいつは何をしでかすか正直想像がつかねえし、おまけに相手は超名門のSクラスだ――ヘタすりゃ今日の出来事ごと揉み消されかねねえ」
何が起こってもな、と俺は皮肉っぽく笑った。
ブレイドルは悔しげに口をモゴモゴさせている。
すっかり沈み込んでしまった彼に、どんな言葉を掛けりゃいいのか分からなかった。
失敗は成功の元とはよく言ったものだし、まあ一理ある考えだとも思うんだけど、でも実際負けちまったヤツの目の前でそんなことブチ上げられる訳ねえよな。
負けるのって辛いよな。
いつか何かに繋がるって、意味がないってこたないんだって、分かっててもしんどいよな。
……つくづく、失敗したな。
胸がジクジクと痛んだ。
くだらねえ個人の感情に振り回されて、自分がやるわけでもない喧嘩を売って。
八つ当たりして。
その挙句がこれだ。
こいつらに無駄な敗北を経験させちまった。
凡人の気持ちなんか知ったことじゃない。
どんなに傷ついたって、傷つけたって、俺からすりゃどうだっていいことだ。
だけど……。
今は、何にも言えねえよ、クソったれめ。
「待って、シズムくん。まだ私たちは負けてないよ」
――そこに、ガレットが言葉を差し込んできた。
いつもとは明確に違う、怒気を孕んだ声だ。
俺は、頭を振り――わざと怖そうな顔と声を作った。
「いいや、違え。お前らは負けたんだ」
「負けてない」
「俺がタイムアウト要求しなかったら、お前マジで死んでたぞ」
「でも今は死んでないよ」
「今はな。これから先はどうなるか分からねえ」
「そんなの知らないよ」
「お前は死にたいのか?」
「ううん」
「ならどうして闘う。なぜ立ち向かう。命賭けてまで挑むような戦いじゃねえぞ」
「私にとっては命賭けてまで挑むような戦いなんだよ」
まっすぐに、ガレットは俺の顔を見つめた。
ルビーのような瞳が、キラリと光った。
「あそこまで言われっぱなしでさ。引き下がる訳にはいかないよ」
――その輝きには、見覚えがあった。
よく知っている色だ、よく覚えている灯だ。
あれは負けた人間の瞳だ。
負けたことを諦めていない人間の瞳だ。
まだへこたれていない人間の瞳だ。
ずっと昔に俺が宿していたものだ。
なまじ、普段のほほんとしているものだから、いまいちピンとこないけど――
こいつらだって、怒っているのだ。
ムカついているのだ。
重ねてきた努力をバカにされて、足りないだとか、身の程知らずとか。
そんなことを言われて、キレているのだ。
負けてられるか、笑われっぱなしでいいのかって。
ちゃんと反発しているのだ。
何だか妙に懐かしくて、くすぐったくて。
頭のてっぺんをカリカリ掻いた。
「……そうかよ」
それから、ちょっとだけ笑った。
「まあ、安心しとけや。最悪マジで殺されちまっても骨は拾ってやっからよ」
「ほ、骨と化す前に助けてくれたりはしないのかなー……」
「ああー、うん……それは、ちょっと……どうかな」
「シズムくんはそういう所あるよね」
「……本当に、君たちは、何というか……」
ブレイドルが立ち上がり、呆れたように微笑んだ。
「僕は本当に、とんでもないヤツらと知り合いになってしまったものだよ」
「……お前もやる気なのか、ブレイドル?」
「当然」
やたらいい笑顔で彼は親指を立てた。
……お前も、立派な“とんでもないヤツ”のお仲間だよ、ブレイドル。
「でも、どうするの? このままじゃどう足掻いても手詰まり」
そこへアクアマリオンが苦しげに呟いた。
「ガンドウの猛攻を掻い潜ってダメージを与えられるだけの攻撃手段が、あなたたちにはない。――何か一つ、図抜けたパワーを持つ魔法が絶対に必要」
「んな都合のいいモンそうそうある訳ねえだろう。……やっぱ俺が裏でタイミング合わせてブン殴った方が……」
「それはほんとに勘弁してくれシズムくん」
真顔でブレイドルに言われたので、俺は肩を竦めた。
しかし……。
「そうなると、もう――刃の魔法に、頼るしかねえよな」
両手を組み、ぽつりと言う。
一応、ガンドウにも通用しそうな魔法は幾つか思い当たるのだ。
だけど、流石にこんな土壇場で教えた付け焼刃の術でヤツに対抗できるとも思えん。
そもそもたった十五分じゃ実戦レベルまで持ってくのも無理だしな。
吹き飛ばし魔法の時とは訳が違うのだ。
故に、彼らの頼れる術は刃の魔法――
全てにおいて欠点まみれのあのエネルギーブレードだけ、という訳だ。
だけど……。
「おい、ブレイドル。お前、魔力はあとどれくらい残ってる?」
「……正直、だいぶ厳しいかな。動き回りながら使うとなると、多分、一分と持たないと思う」
「おいおい、マジかよ……」
いよいよ絶望的な気分になってきた。
どうしろってんだよ、こんなの?
先程はかなり規模のデカい魔法を使っていたガンドウだが、恐らくヤツはまだ余力を残している筈だ。
実際息一つ切らしてなかったしな、あいつ。
要するに彼らは一分以内に、これからぽこじゃか飛んでくるであろう、さっきのアレ並に激ヤバな術をどうにかしてやり過ごしながらガンドウに一撃加えなければならないのだ。
一分以内に。
いや無理だって。
無理だってこんなん。
絶対無理だって。
「……せめて脳味噌がもう一つあれば、少なくとも高難度コントロールによる消耗の激化に関しては相当緩和される筈。今から改造手術、やってみる?」
「アクアマリオン殿は僕に何か恨みでもあるのか?」
「いや……別に」
「何なの?」
よく分からないやり取りをしてんじゃないよ畜生め。
クソ、流石の俺も完全にお手上げだ。
一体どうしたものか――
「――脳味噌が、もう一つ?」
突然、ガレットが声を出した。
一斉に俺たちの視線が集まる――
彼女は、頬を抑えながら何やらブツブツ呟いていた。
「おい、ガレット? どうしたんだよ?」
「……ごめん、シズムくん、アクアマリオンちゃん、ブレイドル。私、今から、ほんとに凄く変テコなことを言い出すかもしれない」
何を今更……と言いそうになる。
だが、その言葉は――
「そろそろ時間だ。決闘を再開するぞ」
ガンドウの声に、遮られた。
運動場の向かい――彼は歪な笑みを浮かべ、佇んでいた。
「……ごめん、時間がないみたい。ブレイドル、向こうに行ってから説明するよ」
「へ? あ、ああ……」
そのまま彼らはスタスタと歩き去って行った。
……どうなるんだよ、マジで。




