分からないこと
ガレットとブレイドルは、凍り付いたように動かなくなっていた。
いや、動けなくなっていた、と言った方が正しいか。
「……悪趣味」
アクアマリオンが不愉快げに睨み付けてくる。
前から思ってたけど、こいつ案外いいヤツだな。
見た目はなんか悪の組織のナンバーツー辺りに所属してそうな感じなのに。
だがまあ、んなモン知ったこっちゃねえ。
彼女を無視して、俺は軽薄な口調で二人に話し掛けた。
「とまあ、こんな感じだよ。よく参考になっただろう? 現時点でのお前たちの実力がどんなモンなのか理解するのにな」
「……」
ガレットもブレイドルも黙りこくったままだ。
もはやニヤニヤ笑いを我慢する必要もない――猫撫で声で言った。
「ほら、頑張ろうぜ二人とも? お前らが一ヶ月掛けて辿り着いた境地を才能のある人間が一秒で駆け抜けてくけどさ、挫けんなよ? これから一生掛けても俺どころかAクラス連中にすら追い付けないままだろうけどさ、関係ねえよな?」
他人がどんだけいい結果を出していようと、気にする必要なんかないよな?
肝心なのは自分だろう?
惨めだなんて思いやしないだろう?
――なあ?
俺は、思い切り小バカにした態度で、二人の肩を叩いた。
「っ……」
ブレイドルは唇を真一文字に結び、俯いていた。
一方のガレットも同様に、顔を伏せ、肩を震わせている。
くくっ、ははははははははっ。
いいザマじゃないか、クソ凡人共。
それだよ――それが見たかったんだ。
後生大事に抱えていた願いは、絶対に叶わないのだと理解してしまった時のそのツラがさあ。
能無しの分際でくだらない期待を抱くから、そんな目に遭うんだよ。
これで彼らも二度とありもしない希望に縋ることもなくなるだろうな。
「……う、ううっ」
ガレットが小さく呻く。
お、泣くか?
いやあ、可哀相だなあ、哀れだなあ。
彼女の拳が、ぎゅっと固くなる。
来るか来るかと俺はニヤニヤしながらその様を見つめていて――
「お――あああああああああああああああああああああーっ!!」
――死ぬほどビックリしてしまった。
「あ……?」
うっかりアホみたいな声を漏らしてしまう。
ブレイドルも、アクアマリオンも目を丸くしていた――そんな俺たちのことなんか知ったことかと言わんばかりにガレットは叫んだ。
「ああ畜生、私ったらまだまだ全然ダメッダメじゃん! クソったれめえええっ!こんなんじゃCクラス脱出なんて夢のまた夢だっ!」
心底悔しそうに喚き散らすガレット。
彼女は完全にキレた表情でぐるりと向き直った――視線の先には、ブレイドル。
彼はびくんと身体を跳ねさせた。
「おいクソブレイドル!!」
「ひいっ……な、何だいアラヤヒール」
「何だいも番台もあるかいド畜生め! んなモン決まってるでしょ修行だよ修行!こんなトコでモタモタしてらんないんだよ!」
ガレットは胃袋の底に溜まった感情を吐き出すように怒鳴り散らす。
「ウジウジしてる場合じゃないよブレイドル! 魔法活用の研究に体術強化、魔力状況の最適化――まだまだやってないことが山程あるんだ! へこたれてる時間なんてないんだよっ!」
力強く、荒々しい宣言。
ブレイドルは、一瞬、泣きそうなふうに顔を歪めて――
「――はっ、誰がへこたれてるだって!? 刃の魔法の継承者たるこのバーン=ブレイドルが挫けたりなんて……す、するかもしれないけど、でも今は別にそんなんじゃないさ!」
ぐいと目頭を袖で拭い、まっすぐに返した。
どこまでも鮮烈で。
芯が通っていて。
格好良くて。
誠実な、答えだった。
なん、で……。
急に二人が遠ざかって、遠くの方に居るみたいに見えた。
頭がクラクラする。
あいつらからすりゃお前らなんてカスも同然なんだぞ。
きっと追い付けやしないんだぞ。
だのに何で嫌にならない?
挫けないんだ?
どうしてだ?
どうして、どうして、どうして。
「……どうして」
不意に言葉が飛び出した。
ぱっと三人が俺の方を振り向く。
あれ――変だな。
喋ろうだなんて、思ってなかったのに。
何にも言わないでいようとしていたのに。
だのに勝手に気持ちが零れる。
「どうして、そんなにやれるんだよ?」
挫けないで、立っていられるんだよ。
こんなこと言いたかないのに。
言いたかないのに。




