最弱
「――で、どうだ。この一ヶ月、ゴーレムとやり合い続けた感想は」
「ど、どうって……そりゃあ、もう」
ガラス越しに差し込む日差し。
遠くから響く喧噪。
予備運動場の傍――旧校舎の渡り廊下を、俺たちは歩いていた。
響く靴音に、ガレットのやたらエモーショナルな声が重なる。
「とんでもないよあんなの! 前戦った赤ん坊みたいなのの方がよっぽど弱いじゃん!」
「だね。ガレットの守護魔法のお陰で刃の魔法も随分頑丈になったけど、それでも平気でポキポキ折れちゃうし……正直、未だに勝利のビジョンが見えないよ」
くたびれた顔でブレイドルが話す。
……その割にゃ、熱意に陰りが見えねえけどな。
相槌を打って会話を打ち切ろうとしたその隙間に、ブレイドルが言葉を捻り込んでくる。
「そういや――なあシズムくん、あのゴーレムって一体どこで拾ったんだい? あのパワー、耐久力、どう考えてもそこいらの品とは……」
「付いてくりゃ分かるよ」
適当にあしらって歩を進める。
ま、あいつは既に何となく見当が付いてるっぽいけどな――と、相変わらず無表情のアクアマリオンを見やる。
ブレイドルは肩を竦めて口を閉じた。
暫し無言の時が続き――俺はやがて足を止めた。
「ほれ、着いたぞ。ここだ」
やってきたのは、第三実験室の前。
勿論、実験なんぞをするつもりはない。
俺は教室の扉――の向かいにある窓ガラスを指差した。
何事か、とガレット、ブレイドル、アクアマリオンはその先を覗き込んだ。
「……これは」
「Aクラス連中だよ。丁度授業中だな」
そこは第一運動場――Aクラスの生徒のみが利用を許されている場所だ。
その割には人が多いような気がするが、多分今日は学年合同授業なんだろう。
――そういえば、フォルミヘイズの姿が見えないな。
自主退学したって風の噂で聞いたけど、まさかマジだったんだろうか。
ウケるな。
「Aクラスの授業風景――そっか、あの子らの魔法を見て、少しでもテクニックを吸収していくことが新たな修行なんだね、シズムくん!」
「あー……。くく、そうだな。その通りだよ」
尊敬のまなざしを向けてくるガレット。
その純粋な表情に、俺は笑いを抑えきれなかった。
さて、窓の外――運動場の方へ目を向けた。
何やら教師が喋っている。
「――よし、全員揃っているようだな。では、練習がてら――君、前へ」
「は、はいっ」
呼ばれたAクラスの一人――短髪の少年が緊張した様子で進み出た。
立ち振る舞いを見るに、恐らく俺たちと同じ一年生だろう。
教師は一つ頷くと、ぱちんと指を弾いた。
ぽんと軽い音を立て、現れたのは――
「え……!?」
「あれって――私たちが使ってたゴーレムじゃん!?」
そう――あの機械人形は、俺がAクラス用のマジックアイテム倉庫からこっそりぶんどってきた品なのだ。
アクアマリオンが、やっぱり、とでも言いたげに溜息を吐いた。
「それでは、始め。手加減は無用だぞ」
「はい……っ!」
言われた彼は、引き攣った面持ちでゴーレムの前に立った。
「まさか……あの教師は、彼に単独でヤツを倒させようとしているのか!?」
「そんなっ!? た、大変だあ――幾らAクラスでも、一人で倒せる相手じゃないよ! どうにかして止めさせなきゃ!」
焦るガレットとブレイドル。
などと言っているうちに、短髪へ鋭い拳が迫る。
だが、彼はバリアすら張っていない――というか、構えすら取っていない。
「か、彼は何をやっているんだ!? 今の僕ですら、まともに喰らえば一発でノックアウトされるほどの威力があるってのにっ!」
「きっと、あの子はあれと戦うのが初めてなんだ――私が止めに入るっ!」
ガレットが窓に手を掛け、飛び出そうとする。
ブレイドルも同じく、既に刃の魔法を腕に纏っていた。
だが間に合わない――ゴーレムの拳が短髪の顔面に迫る。
ずどんっ――
彼がトマトのようにグシャグシャになる様を想像したのだろう。
二人は咄嗟に顔を背けた――が、悲鳴一つ挙がる気配がない。
訝しんだガレットとブレイドルが、そろそろと窓の外へ視線を向ける。
そして――
「……え……!?」
ぽかんと口を開けた。
なぜなら――
短髪の少年は、バリアすら纏わぬまま。
素手で、ゴーレムの拳を受け止めていたのだから。
驚愕に固まる凡人二匹のことなど知りもしない短髪は、短く叫んでゴーレムの腕を念動力で吹き飛ばした。
一旦距離を取って、煙状の魔力を放出――千切れた腕を絡め取り、分解。
鋭い玉鋼の剣を作り出し、ゴーレムめがけて突き刺した。
地面に縫い付けられたデク人形は、自己修復を始めようとする――が、それよりも早く滅多刺しにされてしまう。
――戦闘開始から三十秒ほどで。
俺たちと同い年の子供が。
ガレットたちが一ヶ月掛けてなお倒せなかった相手を、細切れにしてしまった。
「そん、な――」
言葉を失う二人へ、更に追い打ちを掛けるかのように教師が言った。
「ふむ、二十八秒か――まだまだだな。“最弱レベル”の練習用ゴーレムにここまで時間を掛けているようでは、未熟としか言いようがない。努力が足りんぞ」
「う……も、申し訳ありません」
――最弱、レベル。
顔を真っ青にして立ち尽くす二人の横で、俺は薄笑いを浮かべていた。




