積んで重ねて
例によって昼休み――相変わらず人の気配が全くない予備運動場。
差し込む木漏れ日が丁度いい具合に暖かい。
「だりゃああああっ!!」
青空に雄たけびが響き渡る。
閃く銀色――陽の光を浴びて鮮烈に輝く刃が、練習用ゴーレムめがけて勢いよく突き刺さった。
刀身にヒビが一筋入ったが、ブレイドルは構わず力任せに斬り上げる。
ぱっくりと割れるゴーレムの頭部――そこへ立て続けに一発、二発と蹴りを叩き込んだ。
向かいにそびえる用具入れの壁までゴーレムは強烈にすっ飛んでいく――
「アラヤヒールっ!!」
「うんっ!!」
かに見えたが――突如、爆音が空間をつんざいた。
軌道が変わり、練習用ゴーレムのデカい図体は真上――空へブチ上がっていく。
ガレットの吹き飛ばし魔法だ。
ぐん、とブレイドルはしゃがみ込み、下半身に力を入れ――
思い切り垂直に跳び上がった。
そしてゴーレムの鼻先――
「っ――おおおっ!!」
咆哮と共に、刃の魔法を振り降ろし――
ぱきんっ。
「……あ」
見事に、へし折れた。
クールタイム中、ブレイドルはロクに魔法を使えなくなるので――
「おわああああああああああ――あ痛っだあッ!?」
顔面から地面に落下した。
べしゃっ――弾ける、物凄く痛そうな音。
……最後の最後でしくじるのは、これで二〇三回目だな。
大の字になってブッ倒れるブレイドルの傍へ、ガレットが半笑いで近寄る。
「ひゃあ、また派手にやったね。めっちゃ鼻血出てるじゃん」
「そうだね。でも実は歯茎からも凄い鉄臭いのが溢れてきてるんだよ」
「うわー可哀相」
「そう思うならクッション魔法でも使ってくれないか。この調子だと絶対遠からず死ぬよ僕」
「え……魔力がもったいないじゃない」
「君は人命を紙クズかなんかと勘違いしてるのかな」
ガレットのサイコパスっぷりが段々明らかになりつつある修行風景――
俺は魔法で作ったベンチにだらりと腰掛け、サンドイッチを齧りながら、その様子を見物していた。
――不意に、小さな影が覆い被さってくる。
「……何だ。お前も暇なヤツだな、アクアマリオン」
「Sクラスは基本的に暇を持て余している。ガンドウとスズネも似たようなもの」
「ふうん」
軽い音を立て、アクアマリオンは俺の隣に腰掛けた。
黒を基調としたドレス――その姿が歪み、かすかに甘ったるい匂いが漂う。
深い紺碧の髪が静かに揺れて、その隙間から珠のような白肌が覗いた。
酷く虚ろで、だけど例えようもなく鮮やかな瞳――
そのサファイアが如き色は、無感情に正面を見据える。
ブレイドルは、身体中擦り傷と打ち身だらけでボロボロだった。
ガレットも飄々としているが、魔力はとうの昔に尽きている筈――それでも、意思の力を奮い立たせてどうにかこうにか気力を保っていた。
二人ともすっかり汗みどろの泥まみれだ。
――修行が始まってから一ヶ月。
授業が終わってから就寝までの数時間全てを、彼らはトレーニングに費やしていた。
一日たりとも休まずに、だ。
最初は不満たらたらだった癖に、いざ始まると二人は真剣そのもので。
俺の適当極まりないアドバイスと言う名の野次をクソ真面目に受け止め、愚直なまでに取り組んでいく様はなかなか愉快なものだった。
暫くすると二人は再び立ち上がり、バリアを張り直した。
ゴーレムはもう身体の修復を終えていた。
ガレットとブレイドルはちらりと目を合わせ――駆け出した。
「……大したバイタリティ。始めた頃が嘘のよう」
アクアマリオンが呟く。
その声には、確かな賞賛が滲んでいた。
よそからパクってきたトレーニングゴーレムと互角にやり合うガレットたちを眺めながら、俺は鼻を鳴らした。
――実際、彼らの成長速度は相当なものだった。
最初は本当に酷かった――ゴーレムに数発撃ち込んだだけでブレイドルの刃は砕けるわ、ガレットはバリアを張りながら魔法を放つという基本的な動作すらまともにできていないわ……。
コンビネーションとか、それ以前の問題だ。
俺は勿論、彼ら自身の失望も相当デカかった筈だ。
だのに、ガレットもブレイドルも、決して諦めなかった。
成長していると言っても、急に階段飛ばしに強くなる訳でもない。
ごく小さなものの積み重ねだ。
ゲームじゃないんだから、自分の力の現在地なんか分かりゃしない。
暗闇の中、自分が本当に成長しているのかどうかすらも知らないモンだから土砂降りの失望が吹き荒ぶし、それでもめちゃくちゃに走り抜いて、駆け抜いて。
感性をありったけ流転させて、原材料不明の情熱だけを標に進んで。
それが凄く懐かしくて。
裂く金属音、またも砕ける刃。
エネルギーの尽きる音――
ガレットとブレイドルが大きく吹き飛ばされ、倒れ伏し――
そして、立ち上がる。
「駄目だっ――どうしてもトドメを刺し切れないっ」
「一ヶ月も費やして、まだ倒せないなんて……」
「畜生、あと一撃、あと一歩だってのに!」
Cクラス級二人でそんだけやれりゃ、十分だってのに。
そんなに頑張ったって、本当に才有る者にゃ勝てないってのに。
結局は理想の自分になんてなれやしないのに。
全部無駄になっちまうのに。
――だから。
「おい、お前ら」
俺はベンチから立ち上がり、叫んだ。
ガレットたちがぱっと振り向く。
多分、何かしらアドバイスが貰えるのだと思ったのだろう。
残念ながら、そんな甘いモンじゃない。
「修行は一旦中止だ。――面白いものを、見せてやる」
――現実ってヤツを、こいつらに拝ませるんだ。




