予備運動場
「ふっふっふ……ついにやってきたよ、この日がっ!」
昼休み――生徒たちが食事を摂りながら、友人たちと交流を深める時間。
そこにバカデカいバカみたいな声が轟いた。
俺はシカトをかましながら、果てなく広がる青空を見上げた。
一羽の鳥が、蒼天を駆け抜けていく――
風の吹くまま、気の向くまま――どこまでもどこまでも、自由に宙を舞う。
ああクソったれ、羨ましいぜ。
畜生の分際で気楽に生きやがってよ。
つくづくくだらない約束をしちまった。
死ぬほど陰鬱な気分を引き摺りながら呻いた――辺りが目に入る度、余計酷い気持ちになる。
雑に刈り込まれた小さなグラウンド――広さはほんの十数メートルほど。
壊れた実習器具がそこらへんに転がっており、色んな意味で危険度が高い。
なぜか取り壊されないまま放置されている無駄にデカい魔法具倉庫がすぐ隣にあるせいで日当たりは最悪。
生徒どころか、教師ですらこの場所を知る者は皆無である――俺の知る限り、ここで授業が行われたことは恐らく一度たりともない。
予備運動場――別名ゴミ捨て場に今、俺は突っ立っていた。
なぜかって?
今にあの喜色満面の脳味噌お花畑金髪女が説明してくれるぜ。
「そうっ! 記念すべき、第三回目――シズムくん直々の修行タイムがねえっ!」
ほらやっぱりしてくれた。
ホント予想通りだよ、ヤツを構成する何もかもが予想通りだよ。
いやあ凄えぜ俺ってば、とうとう未来予知にすら目覚めちまったのかい。
ブッ殺すぞ。
無言で殺意を募らせていると、ブレイドルがなぜか物凄い勢いで涙と鼻水を垂れ流しながら話し掛けてきた。
ガレットといい、もしかしてマジ泣きしながら俺に声を掛けてくるのが凡人間でトレンドになったりしているのだろうか。
一秒でも早く廃れてくんねえかなそのトレンド。
「くううっ、シズムくんっ! 僕は、僕は今、猛烈に感動しているんだ……どうしてだか分かるかい!?」
「え……四つ葉のクローバー見つけたとか?」
「違うよそんな感受性豊かな女の子じゃあるまいし! 今日日そんなモン見つけて涙流すレベルで感動するような人間なんて絶対どこかしら壊れてるでしょう!」
どこかしら壊れている人間代表のブレイドルは、ちょっともう恐怖を感じるほどに純真な笑顔で両手を広げた。
「Sクラス所属、闇のドラゴンを従える“最も優れし魔法使い”――未来の大賢者たる、シズム=ドラゴリュートくんに魔法を教えてもらえるだなんてっ! こんなに素敵なことが他にあるかい!?」
「幾らでもあるだろうよ」
「いいやないね! 存在すらしないね確実に!」
「存在するだろうよ確実に」
ああクソ駄目だ、水掛け論だ。
畜生何でこんなタイミングで水掛け論とか言ってんだよ俺は。
こんなクソ共相手にそんな難しい言葉使いたくねえんだよ。
脳のリソースを裂きたくねえんだよ。
ド畜生め――百歩譲ってだ、こいつらはまあ、よしとしよう。
師匠になると言ったのは事実だしな。
だけど……。
「――なんでお前までここにいるんだよ、アクアマリオンっ!」
半ばキレ気味に指を突き付ける。
人形めいた美貌に、ゴスロリ調のドレス――
アクアマリオンは水筒に詰めた紅茶(香りで分かる)をゆっくり啜り、ほう、と息を吐いて――それから、感情のない声を発した。
「昨日言った。あなたとはもっと話をしたいって」
「言っ……いや言ってたけど! 言ってたけどまさかその翌日に来るとか思わないだろう普通!」
クッソォ澄ましたツラしやがって。
バカにしてんのか。
凡人の分際で調子こいてんのか。
「別にあなたたちの邪魔をするつもりはない。ただ、修行風景を見学させてほしいだけ――にゃふっ」
アクアマリオンが最後まで喋り切ることはできなかった。
腐れ脳味噌スカスカ壊死女が彼女を思い切り抱き締めたからだ。
「うううう~っ、アクアマリオンちゃん、あなたって子は、あなたって子はっ!」「ちょ、胸が、溺れ……く、くるし、しっ、し……死……ッ」
「こんなCクラスと実質Cクラスなんかに興味を持ってくれるだなんてもう嬉しいやら恥ずかしいやらドキドキするやらであああ畜生マジ高まってきやがった!!」
「死……ッ、死ィ……ッ」
凄え。
ガレットあいつSクラス相手に体術で優位に立ってやがる。
彼女はもしかしたら魔法使いよりもむしろプロレスラーとかの方が向いているのかもしれねえな。
「ち、ちょっと流石にやり過ぎだぞアラヤヒール! アクアマリオン殿の顔色がなんか赤ッ……うわ青ッ!? えっ怖……ああなんか黄色く!! 段々黄色くなってきてる!! 凄い!! 凄い意味分かんない!! 全然意味分かんない!!」
「意味分かんなくないだろうただ単に窒息して死に掛けてるだけだよ!! 御同輩を殺人犯にしたくなかったら騒いでねえでとっとと止めろやクソ遅漏男!!」
「クソ遅漏男!?」
致命的な何かがキマり始めているアクアマリオン。
自らが殺人罪を背負いつつあることに気が付かないガレット。
その彼女に殴り飛ばされるブレイドル。
予備運動場はまさしくゴミ捨て場と化していた。
眼前の地獄絵図に、俺は口元をヒクつかせながら笑うしかなかった。
クソっ、ふざけやがって、おちょくりやがって!
もう絶対に許さねえぞ。
何が修行だよ、バッカじゃねえのか?
この俺が真面目に稽古をつけてやると思ったら大間違いだぜ。
――心を折るためのプランは既に練ってきてあるんだ。
笑っていられるのも、今のうちだ。




