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退路どころか先すらも



 魔力粒子の一つ一つを、赤子の細胞に送り込む。

 ゼロ距離で結合するエネルギー、その絆を丁寧に打ち砕く。

 魂の密度を落として、元の姿をより鮮明に――

 本来の肉体へ戻していく――


「何と精密なコントロール……! 補助術式も用いていないというのに――こんなこと、私ですら絶対にできやしないっ」


 アクアマリオンが背後で呻く。

 当たり前だろ、凡人にできないことができてこその天才なんだし。

 ……っと、ぼちぼち終わりそうだ。

 案外すんなり行けたな――ラスト、気合を入れ、残りをまとめて吹き飛ばす。


 すると、唐突に――赤子の身体が発光した。


「うわっ!?」

「ま、まぶし……っ」


 急激に光が退いていく。

 ズルズルと解ける赤子の身体――幾筋か、煙が立ち昇る。

 小さな破裂音を発しながら、腐肉が剥がれていき――

 その、内側が見えた。


「そんな――あれだけ複雑に絡み合っていた肉体とエネルギーを、一分も掛けずに完全分離させた!?」

「一々喚くなよアクアマリオン。一生口利けねえようにしてやろうか」

「……ご、ごめんなさい」


 素直でよろしい。


 さて――肉の残りカスを払い、よりその姿を鮮明にしていく。

 汚濁から覗く、黒いローブ――薄汚れた頭巾。

 傍で見ると思いの外小さな身体。

 何の紋様も施されていない、武骨な仮面。


 ――そこに居たのは、先程相対した黒づくめの男たちだった。


「これ、は……?」

「さっき襲い掛かってきた連中こそが、被験者だった……ってことだろうか?」

「……分からない。いずれにせよ、まだ息はある」


 ガレット、ブレイドル、アクアマリオンが順に話す。

 ふむ、こいつは……。


 仰向けにブッ倒れている黒づくめ、その内の一人を検分する。

 さっき戦った時は遠目だったから分からなかったが、恐ろしく小さい――というか、幼い。

 腕を握ってみると、感触に違和感があった――作り物めいているのだ。

 足も同様に、固いというか、不自然というか……。


 どういうことなんだろう、これは――機械?

 或いはゴーレムか?

 もしかして、これ自体はただの人形で、操作している魔法使いが他に居たとか?

 んー、いまいちピンとこないな。


 つま先から頭のてっぺんまでをざっと眺めて――ふと、仮面に目が留まる。


 ……この下って、どうなってんだろうな。

 血色を失っているツラが現れるか、赤子みたいにグズグズになってんのか。

 はたまたモンスターが収まっていたりするのか。

 特に他意もなく、純粋な好奇心から俺は仮面に手を掛けた。

 にちゃっ、と若干不快な音を発しながら、仮面が外れ――


「……え」


 つい、バカみたいに呟いてしまった。

 いや……流石に、このパターンは想定してなかったな。



 ――仮面の下に収まっていたのは。

 眠っているみたいに瞼を下ろしている――子供の顔、だった。





     ◇





 俺は、ただ、突っ立っていることしかできなかった。

 三十路過ぎのシルバー冒険者は、二十は年下の子供に全てを任せてボサッとしていただけだったのだ。


 絶望的な気分のまま、思う。

 ガレットとかいう金髪のガキ――彼女は吹き飛ばし魔法が使えないと言っていた筈なのに、いざ実戦となると、威力が弱いなりにも見事に術を繰り出してみせた。


 ……んな、バカな。


 ギルド所属の魔法使いが、一つの術を覚えるのに一体どれだけの時間を掛けると思っているんだ?

 初級の魔導書、そのド頭に載っている魔法の型を掴むまでに半年近く掛けるようなヤツだってザラなんだぞ?

 だのに、あのガキはたった一発で行使を成功させやがった。

 俺の半分も生きていないようなガキが、一瞬で……。


 それに――あのブレイドルという少年も大概凄まじい。

 想像を絶する反射神経、動体視力、剣術――

 中でもブッ飛んでいたのが、あの刃状のエネルギーを腕に纏う魔法だ。

 あんな切れ味の鋭い術、今まで一度も見たことがない。

 もし彼がギルドに所属していたならば、ほぼ確実に実力だけで半年と経たずにシルバーへと昇級できるだろう。


 だが――その二人が霞むほどに恐ろしいのが、あの男とも女ともつかない、白銀の玲瓏とした子供だ。

 優に数トンを超えるであろう瓦礫の山を一瞬で片づけてしまうほどに高出力な念動力をノーモーションで繰り出してなお、消耗した様子が全くない――根っこすら出していないのに、だ。

 魔法力の――いや、実力の底がまるで見えない。


 あの青髪の少女は特に何もしていない――だが、その細い身体に宿る濃密なエナジーが、彼女もまた彼らに引けを取らぬほどの強者であることを示していた。


 ……もう。

 辛抱、堪らなかった。


「な、なあ……」

「あん?」


 少年たちが振り向いた。


「お前らって、エストの生徒なんだろう?」


 俺は声が震えないように――惨めさが滲まないように、必死で喉を締めつけながら言った。


「じゃあ、ランクは? ランクは、どこなんだ……?」

「ランクって……あ、もしかしてクラスのこと? んーとねえ……」


 唇に指を当てながら、ガレットが唸る。

 頼む、頼む、頼む。

 お願いだ――全員Aクラスであってくれ。

 これ以上、これ以上、俺を無様にしないでくれ。

 心の底から祈った。


 ――だけど。


「えっと、私はCクラスだよ」

「…………は?」


 現実は、残酷であった。


「僕は一応Bクラスだけど……はは、家の力で上げ底しているようなものさ。実質的にはCクラス相当の技量しかないよ」


 二人は照れ臭そうに言った。

 そんな、嘘だろ――あれだけふざけたテクニックを披露しておいて、Cクラス?

 エストじゃ最下級クラス扱いだっていうのかよ?


「じ、じゃあ、残りの二人は……」

「ふふ、それはねえ――聞いて驚け、Sクラスだよ!」

「――っ!?」


 ガレットの言葉に、白銀の子供が肩を揺すった。

 蒼髪の少女は無表情だ。


 もはや、声すら出せない――Sクラス?

 そうだ――噂には聞いていた、ここ数年のうちに、エストでSクラス合格者がぽつぽつ出始めていると。

 その全員が、十代にして伝説級の力を備えた凄腕の魔法使いだと。

 ――あの二人がそうだってのか?


 心が深く深く暗闇に沈んでいく。


 目の前の少年少女たちは若く、美しく、どこまでも時間があって。

 未来があって、だけど自分は醜く老いていくばかりで。

 無様で、無様で、ただ惨めで。

 努力じゃ辿り着けない場所があって、実際の所ずっと前からそれに気が付いていて、俺の努力に意味はなくて、幸運でやってこれていただけで。


 その幸運も、今じゃ輝きを失い始めていて。


 初めから意味がなかったんなら今俺がここに居る価値は何だ。

 才能と容姿に恵まれた貴族の魔法使いと比べりゃ生ゴミ同然のクズが夢を追い続ける意味って何だ。

 絶対に自分の手に収まることはないであろう希望を追っかけ続ける理由って、今の俺にあるのか。


 両親からは既に縁を切られている。

 今日起こった諸々のお陰で、仕事はこれからどんどん減っていくだろう。

 パートナーからの信頼は壊滅状態だ。

 未来などない未来などない未来などない。


 ただ地獄だ、地獄だけが大口を開けて待ち構えているのだ。


 地の底、真っ暗闇。

 眼前の可能性の塊を茫然と眺めながら、俺は立ち尽くしていた。



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