クラス判定、開始
ミリのテレポートで送られた先は、大型の体育館のような場所だった。
前方には、教師と思しき男女が椅子に腰かけている。
しわくちゃの老人、堂々とした体躯の男、三角帽子を被った女。
いかにも大魔法使い、といった容貌の連中だ。
だが、揃いも揃ってミリよりも力が弱い。
よくその程度の実力でそんなに偉そうな顔ができるな、こいつら。
さて――パッと見、机や筆記用具なんかは確認できない。
クラス判定とやらは、どうやら実技試験らしい。
「それでは、これよりクラス判定試験の説明をさせて頂きます」
生徒の集団の前に進み出たミリが、三度指を鳴らした。
途端に服のポケットが、ずしん、と重くなる。
中を探ってみると、何やら怪しげな光を放つ石ころが入っていた。
「皆様にお送りしたのは感応石――俗に“根っこ吐き”と呼ばれている鉱石です」
根っこ吐き?
聞いたことがないな。
小さい頃から書斎にこもり、読めるだけの本を読んできたが、そんなけったいな通り名を持った鉱石なんかに覚えはないぞ。
「御存じない方が大半のようですね。無理もありません。これは魔法学院において比較的優先度の高い秘密事項ですから」
言って、ミリはローブの裾を揺らした。
「感応石は真に才有る者と才無き者を分けるために使う物。事前に対策をされてしまっては、皆様方の本当の力量を測れません」
ふむ。
抜き打ちテストで取れた点数にこそ実力が現れる、みたいなものか。
確かに、一理ある。
対策なんてのは凡人が天才のメッキを纏うために練るものだ。
メッキで力を水増しするような誤魔化しは通用しないってことだな。
「さて。雑談はこれくらいにして……」
ミリは目を閉じ――
「――試験内容の、具体的な説明に移りましょう」
幾分か、鋭さを増した声を放つ。
辺りの空気の質が、一変した。
生徒連中もいよいよ本気になったらしい。
「といっても、大したことはありません。ただ、審査員の先生たちの前で、感応石に魔力を込め――“根っこ”を発現させる。試験はそれだけです」
根っこ……?
また知らない単語が出てきたな。
「などとと言われても、皆様には何が何だか分からないでしょう。お手本がてら、実際に“根っこ”を見せてあげますね」
ローブの裾を捲り上げ、ミリは両手を虚空に突き出した。
何事か、と警戒する生徒たち。
お前らは他者の敵意の有無すら分からないのか。
……いや、アホ共に突っ込みを入れるよりも、“根っこ”とやらを見物した方が面白そうだ。
彼女の姿をじっくりと観察する。
すると、次第に掌に魔力が集まっていくのが分かった。
淡い紫色の光が繰り返し弾け、生じ、弾けていく。
やがてパチン、と一際大きな破裂音が響き、同時に強烈な光が部屋を満たした。
光が止み、ミリの両手に収まっていたのは――薄い紫の輝きを纏った、手紙のような形状の物体だった。
表面には、宛て名と思しき書き込みがなされている。
生徒たちがざわつく中、ミリが言った。
「これが“根っこ”。私たちが持っている、魔力の源です」
あれが魔力の源、という訳か。
面白そうな代物じゃないか。
その後、ミリが語ったのは、大体こんなようなことだった。
根っことは、魔力の本質を映し出す鏡であり、我々魔法使いにとっては心臓のようなものである。
根っこの形状や性質から、持ち主の得意とする魔法の分野が推察できる。
根っこを出現させている間は、魔法の威力が大幅に向上する。
ただし、根っこを晒すことは自身の手の内を明かすも同然であるため、荒事の最中に出現させるのならば、タイミングは十分に考えねばならない。
そして、最も重要なのが――
「魔法使いの才というのは、根っこの形状及び用途の複雑さで決まります。構造が入り組んでいるほど、現す姿が特徴的であるほど、根っこは偉大なのです」
その辺りをデータ化して、ランク付けをするのが、クラス判定という訳です。
ひらひらと根っこを振りながら彼女は言う。
「ちなみに、私の根っこ、“宛て名付きの便箋と手紙”はAクラスに判定されています。皆様の指標となれば幸いです」
Aクラス――
その言葉に、驚きの声が多数挙がる。
Sクラスがある種の例外扱いされていることを考えると、ミリは実質的な最上位レベルの魔法使いということか。
確か、AクラスはB、Cクラスよりも圧倒的に選定が厳しく、数もSクラスほどではないにしろ少ないんだったんだったな。
ふむ――教師より強くてもおかしくない、のか?
しかし、たかが手紙如きでA評価ってのもなあ……。
あのミリとかいうのも所詮はザコか。
生徒たちはそれぞれ傍にいる者同士で話し合っている。
自身の未来に期待したり不安になったり、凡人は忙しいな。
ま、俺も自分がどんな根っこを持っているのかは多少気になるが、評価に関しては知ったことではない。
あんな石ころ如きに俺の才能が測り切れるとも思えねえし。
「それでは、早速ですが」
ミリが指を鳴らした。
彼女の手元に、ポンと音を立てて名簿らしき本が現れる。
「マギウス歴一一六七年、愚者の月、八輪、昼の刻――ただいまより、第九八七回クラス判定試験を開始いたします」
言って、ミリはすぐさま名前を読み上げていく。
生徒たちは緊張に備える暇もなく、次々に前へ進み出て行った。
さて、俺の名が呼ばれるのはまだもう暫く先だろう。
それまでどうしようか――
「――ちょっと、そこの貴方」
などと広げようとした思考は、甲高く、横柄な感じのする声で遮られた。
振り返って、真っ先に目に入ったのは、緋色のサイドテールだった。
髪と同じ色の、ぱっちりとしつつもやや吊り目がちの瞳は、強烈な意思の強さを感じさせる。
身に纏うドレスは一見簡素なようでいて、その実相当質が高い。
いかにも見てくれだけ美しいワガママ貴族といった印象だ。
彼女は妙に挑戦的な態度で俺に指を突き付けた。
「貴方、“成果なし”ドラゴリュート家の、シズムって子でしょう?」
……なんか、面倒臭いことになりそうな気がする。