侮られてたまるか
とん、と暗闇に着地する。
素早く周辺を探る――幸い、敵の気配はないようだ。
あのアクアマリオンという少女の言った通りだ。
裏通り、くたびれた廃屋――その地下室に、こんな場所があったとは。
ただ一つの灯すらない、延々と影の広がる廊下――
そこら中にガラクタだの蜘蛛の巣だのネズミだのが転がっている。
幸いというべきか、どうやら一本道らしい。
迷うこともなさそうだ。
しかし、まだ安心はできない。
俺――シルバー冒険者のデッパは後ろを振り向いた。
「わあ、すっごーい。ほんとに真っ暗だあ」
「ち、ちょっと怖――んん、いや、足元が不安だから明かりでも付けようかなっ」
「止めとけ腰抜けブレイドル。虫やら小動物やらが一斉に寄ってくるぞ」
「腰抜っ……な、なるほど。流石に賢いね、シズムくん」
「……それ以前に、静かにした方がいい。見つかったら色々と面倒」
揃いも揃ってはしゃいだ様子のガキ共――つい苛立ちが募る。
ギルドマスター様も、いい加減お歳だ。
子守りしながら“子供攫い”退治だなんて、幾らなんでも正気じゃないぜ……!
内心で舌打ちしてしまう。
特に、あの銀髪の子供――姿こそ女神のように美しい。
実際ヤツが飛び出してきた時は皆、一瞬凍り付いてしまった。
……だが、本性はロクでもない。
恐ろしく冷たい瞳、無感情な声――
あんなヤツに背中を向けたまま戦うだなんて、畜生、想像するだけで震えが来らあ。
だが、何よりも、何よりも屈辱だったのは――クソったれ。
あのガキがどんな手を使って俺のシルバー評価の真相を掴んだのかは知らんが、ふざけやがって――何が凡人だ、分不相応な肩書きだ。
……そんなの俺が一番よく分かってんだよ。
初めは真面目に頑張ってたさ。
どんなにクソみたいな、小間使い染みた依頼にだって本気で取り組んできた。
吐き気がするほどに屈辱的なことだって必死で耐え忍んできた。
いつか、夢が花開くと――幼い頃夢見た、ゴールド冒険者になれると思っていたからだ。
でも――その意思は、次第に錆びついていった。
身体中ガタガタにして、心を病むほどにたくさんの依頼をこなして――気付けば年単位で時間が経っていて。
そうして三十路を超えた俺は、未だにブロンズのままだった。
はは。
おかしいよな。
冒険者のランクってのは、世間に対する貢献度で決まるんだよな。
それが変わんないってことは、俺の血ヘド吐いて足掻き抜いた時間は、世間にゃロクな影響を与えてないってことでさ。
他人から与えられる評価はまるで変わっちゃいないってことでさ。
じゃあそれってつまり今までの全部が無駄ってことで。
俺は英雄でも何でもない、ただのありふれた有象無象ってことで。
頑張る意味なんかありゃしないんだって。
分かっちまってさあ。
だけど俺は未練がましいヤツで、努力を諦めきれなかったんだ。
誠実に積み重ねていきゃ、いつか思い描いたあの場所に行けるんだって――
そう信じて、縋るしかなくて――その矢先に、あれだよ。
あんな――あんなペンダント一つで、あんだけ努力してなお辿り着けなかった所にあっさり行けちまうのかよ。
挙句、卑屈で従順なのに能力はあるとかいう恐ろしく都合のいい非魔法使いとコンビまで組めちまってよ。
ちょっとばかしラッキーが続いただけで、俺はあっという間に有名冒険者の仲間入りさ。
こんなバカバカしいこと、他にあるかい。
狂ったように戦い抜いてきたその全てが、たった二つの幸運にあっさり吹き飛ばされちまうんだぜ。
もう嫌になっちゃってさ、段々周りに当たり散らすようになってきてさ。
ジリジリと信用は失われていって――
仕事が減っていって――
だもんで余計に苛立ちが募って、ますます心が酷いことになっちまってよ。
――こんなに苦しいのに。
バレないように、ガキ共の姿を睨み付ける。
どいつもこいつも耳障りなほどに騒ぎまくっていて――若さに溢れていて。
身体が、顔かたちが美しくって。
未来に溢れていて。
そんなヤツらに侮られるなんて嫌だ、死ぬほど嫌だ、畜生、畜生。
そうだ――俺の方が、俺の方が強いに決まってる。
こちとらヤツの三倍近く生きてんだ。
ロビーじゃ手酷くやられちまったが、あんなの不意打ちみたいなモンだ――
上手く対応しろって方が無茶だろう。
あのステータス表だって、きっと何かの間違いだ。
恐らく、ゴールドとシルバー、ブロンズとでは評価基準が異なるのだろう。
EXだの測定不能だの、めちゃくちゃだ。
あんな評価、今まで見たことも聞いたこともない。
ふざけやがって。
侮られてたまるか。
侮られてたまるか。
心の中がドス黒く濁る。
俺の今までを侮られてたまるもんか。
暗闇の中でなお鮮やかに輝く、少年少女の髪と瞳――
随分と楽しげだが、今に現実ってヤツを思い知ることになる。
きっと実戦経験なんて皆無だろう。
安全極まりない訓練や授業に慣らされたバカなガキ共め――
その泣き叫ぶ様を、存分に嘲ってやるからな。




