何気に
「……あん? 何だガキ、いきなり――っ!?」
男はぎょっと目を見開き――俺の姿に見惚れた。
無表情に佇む俺へ、彼は気色の悪い口調で話し掛けてくる。
「ど、どうしたんだい嬢ちゃん。もしかして、シルバー冒険者たる俺と一緒にチームを組みたいと思ってしまったのかな? 嬉しいけど、流石に君ほど幼いと――」
「黙れよ」
「――へ?」
瞬間、俺は男と目を合わせた。
視線に呪いとエネルギーを込める――脳味噌の内部にアクセス。
感覚をいい感じにちょろちょろ弄る。
――とりあえず、痛覚を数倍程度に高めた上で。
「じ、嬢ちゃん? どうし――ぎゃあっ!!」
男の腕を掴み――軽く捻り上げた。
「いづっ、ぐおおおあッ――お、俺の、俺の腕――あああああっ、ぎぃっ!?」
「ああもううるさいな。切断された訳でもねえのにガタガタ騒ぐなや、シルバー冒険者なんだからよ」
続けざまに足を蹴り飛ばし、膝を着かせる。
「ごぉオッ!?」
「おらどうした。ブロンズからシルバーへ登り詰めた、たゆまぬ努力とやらを見せてみろよ」
愉快な気分に浸りながら思う。
優れた者は、足りていない――劣る者に対してのあらゆる所業が許される。
これは世の全てを支配する絶対の論理だ。
――だったらさあ。
男の頭を掴み、魔力を流し込む――苦痛を更に増幅させた。
「んが、おァッ、あがああああああああああっ!?」
「おいおい、デカい声を出すなと言ったばかりだぞ。努力が足りてないな」
誰よりも強く、誰よりも偉大な俺が、誰に何をしようと――
文句を付けられる筋合いなんか、どこにだってねえよな?
掌を離す――男は地面に叩き付けられた。
その無防備な頭へ、丁度さっき男が少女にやったように、足を載せた。
靴底を強く擦り付ける。
「があああっ、やっ、止めぇ……っ!!」
「だからさ。喋るなっつってんだろ」
「ふざけっ……ふざけるなあっ!! お、俺は、シルバーだぞ!? シルバー級の冒険者なんだぞ!? それを、お前のようなガキがっ――」
「ああうん、そうだよな。シルバー冒険者なんだよな、お前は」
俺は嘲笑を顔に張り付けた。
「たまたま道端で拾ったペンダントをネコババしようとした所を人に見られて、返却する羽目になって。その持ち主が実は名門貴族のお嬢様で。その功績を讃えられて、シルバーに昇格したんだろ?」
「なあっ……!?」
男は真っ青になった。
野次馬の間に困惑と失望が広がっていく。
「おい、今の聴いたか?」
「何だ……単なるラッキーでシルバーに昇格しただけなのか」
「道理で、パッとしねえと思ったぜ」
「女の子に一方的にボコられてやがらあ。みっともないったらありゃしねえ」
「そんなモンで、努力だの頑張りだのほざいてたのかよ」
「情けないヤツ……」
「こんだけ悪評が広まりゃあ、もうロクな仕事回してもらえねえだろうなあ」
吹き出す嘲り、汚言、暴言――
男は屈辱に燃える瞳を俺へ向けた。
「な、何を……お前ええっ!! き、虚言を、デマを……っ、何なんだっ、何なんだお前は!?」
「何言ってんだか分かんねえぞ。主語と述語をハッキリ示せや」
鼻で笑い、無防備な脇腹を蹴り飛ばす。
痛みに男は悲鳴を挙げて身を縮めた。
その耳元へ口を寄せ、囁く。
「――これで分かったろ? 凡人の分際で分不相応な肩書きをぶら下げてっからこんな目に遭うんだよ。能無しは能無しらしく、隅っこでコソコソ生きときな」
「なあっ……!?」
男は醜く顔を歪め、叫んだ。
「ち、畜生……お前、どこ所属の魔法使いか知らんが、覚えておけよ! シルバーともなると顔も広くなるんだ、すぐに潰して――」
「どこ所属ったって。一応エストの学生だけど」
「ふん、エストか。エストって言うと、世界最高峰の魔法学院の……」
得意げだった表情が一瞬で消失する。
「!? エストって、あのエストか!?」
ショックに目を見開く男。
野次馬たちも衝撃を受けている様子だ。
……あー、内実が酷すぎて最近忘れがちだったけど、エストって超エリートの魔法使いしか入れない学院なんだったか。
ガレットもブレイドルも大概へっぽこだが、入学試験を潜り抜けてる時点で凡人基準じゃ凄腕の術師なんだよな、何気に。
んまあ、折角だ。
こいつの真似して、立場を存分に傘に着てみよっかな。
俺はニタニタ笑いながら言った。
「で。お前の人脈とやらで、エストは潰せそうかい? シルバー冒険者様」
「んぎっ……くっ、ぐううううっ……!!」
羨ましいやら腹立たしいやら情けないやらで、男は顔色をコロコロ変える。
おう、これはこれでちょっと楽しいな。
単に力を見せびらかすのとはまた違った面白さがある。
ようし、もう一言二言突っ込んでみようかな――
「――ふむ、騒がしいな。一体何の騒ぎじゃい」
――思考は、しわがれた声に打ち消された。
んあ、何だ?




