エスト
馬車に揺られること数時間。
ようやく辿り着いたそこは――何と言うか、予想以上に――
「……城だな」
やたらに大きく、やたらに派手だ。
前世の、その、夢の国のアトラクションとかで出てきそうな感じがする。
これから四年間、ここで生活していくのか。
何だか妙な気分だ。
周りには俺同様、ついさっき到着したばかりの連中の姿が確認できる。
数は二百人前後――確かクラス判定は二組に分かれて、それぞれ別の会場で行う筈なので、今ここに居ない連中も合わせると新入生は四百人くらいか。
が、生憎、目立つ力を持っている者は一人もいない。
一番強いヤツでも、姉に毛が生えた程度――全く以て期待外れだ。
世界最高峰などと大層な肩書きをぶら下げているが、所詮はこんなものか。
……しかし、何でどいつもこいつもこっちをじろじろ見てくるんだ?
不愉快なので睨み返してやると、頬を真っ赤に染めて目を背け、あれがドラゴリュート家の、本当に男なのか、隠しているだけで実は女の子なんじゃないか、などとブツブツ周りと言い交し始める。
気色悪い。
あいつらはここへ魔法を学びに来たんじゃないのか。
しかし、いい加減待つのも飽きてきた。
城に直接魔法でも撃ち込めば反応があるか、と本気で思案し始めた頃――
「――お待たせ致しました、生徒の皆様」
突然、野暮ったいローブを纏った、変テコな子供が現れた。
癖っ毛気味の黒髪をだらりと伸ばしていて、目元が見えない。
背丈は他の連中と大差ないくらいに低い。
年も俺とそんなに変わらない筈だ。
性別は……分からん、多分女の子だろう。
「私、本日皆様の案内役を務めさせて頂く、ミリと申します。お見知りおきを」
案内役――その言葉に生徒たちはどよめいている。
当然といえば当然か。
かのエストの最終試験の案内を務めるのが、こんなに小さいガキなんだからな。
不審の目を向ける者も、侮られたと怒りを露わにしている者も少なくない。
だが、このガキ、隠してはいるが、そこそこ強い力を持っているようだ。
俺の本気の一パーセントにすら遠く及ばないけれど。
と内心で呟いていると――
「ふん、なるほど。この子供を叩きのめすのが、クラス判定試験という訳か?」
妙にキザったらしい声が聞こえた。
生徒の群れを掻き分けて現れたのは、いかにも気取り屋然とした少年だ。
子供相手に、こいつ、正気か?
「それにしても趣味の悪い試験だ。こんな子供を試験官にするとは……だが、僕はそんな惑わしには引っ掛からないぞ!」
なんか頭悪そうな話し方するなあ。
などと他人事のように思っていたら、気取り屋がやたらこっちに視線を向けてきていることに気が付いた。
それに、やたらと頬が赤く、鼻息も荒い。
このアホといい、さっきから一体何なんだ。
その間抜けな様にミリも困惑というか、若干引いているようだ。
頬を引き攣らせながら反論する。
「……いや、あの。そういう訳では、ないのですが」
「嘘をつけ! さっき君が現れた時に使ったのは瞬間移動の魔法だろう。あれは習得難度Aクラス……相当な達人が年月を費やしてようやく習得できる術だぞ!」
「まあ、そうですけど」
え、何それ。
俺あの魔法寝る前にちらっと理論眺めただけで使えるようになったんだけど。
「君のような子供に、そんな魔法が扱える訳がなかろう! その姿も相手の油断を引くための罠だな!?」
「別に、そんなことは――」
「僕の名は、バーン=ブレイドル! 我が刃の魔法、受けてみよっ!」
不意打ち気味にブレイドルとやらが飛び掛かった。
その右腕には、剣の形をしたエネルギーの結晶体が生じている。
“刃の魔法”……ねえ。
「ブレイドルだって!? す、凄い! 名門中の名門武家じゃないか!」
「大したものだ……入学試験を乗り越えただけのことはある」
「あの子、大丈夫かな? 刃の魔法ってバリアも切り裂いちゃうんでしょ?」
隣で何やら言っている――あれが、大したもの?
おいおい、正気か?
つい舌打ちをしてしまいそうになる。
込められた魔力量はカス同然。
コントロールもお粗末極まりない――無駄が多過ぎる。
そもそも魔法の強みは、弓よりも手軽に遠距離攻撃が繰り出せる点だろう。
長所を潰してリスクの高い接近戦を挑んでどうする。
うかつに斬りかかるのも愚の骨頂だ。
もしバリアにカウンターの呪いが仕込まれていたらアウトじゃないか。
相対するミリも似たようなことを考えているのだろう。
溜息を吐き――
「うおおおおおおおお――ぐぼぉっ!?」
球体状のエネルギー弾を繰り出した。
攻撃をまともに喰らったブレイドルは吹き飛び、派手にブッ倒れた。
ざわめきが更に大きくなる。
まあ、凡人基準だと結構強い方だったんだろう、あいつも。
それを一撃でのしちゃったんだし、当然の反応か。
ミリは土埃を払い、こほんと咳ばらいをした。
「あ、え、ええと。その、お見苦しい所をお見せしました」
慇懃に頭を下げるミリ。
それから俺たちの顔を少し眺めた後、右手を翳した。
「では、早速ですが――参りましょうか」
その言葉に対し反論は挙がらなかった。
あの光景を見て、なおも逆らおうとするようなバカは流石にいないらしい。
皆、先程とは正反対に、尊敬や驚愕、恐怖の感情を示している。
つくづく愚かなヤツらだな。
――さて、いよいよクラス判定か。
生徒たちの反応は様々だ。
緊張で顔を強張らせる者、自信満々に笑う者、どこか興味なさげな者――
つっても、俺は全然緊張してないけどな。
普通に平常運航、いつも通りな気分だ。
……いや、だって、周りのヤツらが周りのヤツらなんだもんなあ。
本当にカスみたいな力しか持ってないようなのがドヤ顔晒してんだもん。
バカバカしくてしょうがねえよ。
そんな十人十色の様相に、ミリは微笑ましそうに目を細め――指を弾いた。
瞬間、俺達の姿は掻き消えた。