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足りてない



 人混みを掻き分けて進む。

 次第に男と少女の姿がかなりハッキリ見えてきた。


 立っている男は三十路手前と言ったところか。

 顔立ち、仕草――その端々から凡人然とした何かが感じられる。

 その割には自信に満ち溢れた風情なのがウケるな。

 一応魔力は備わっているらしい。

 魔法使いか……まあ、凡人もいいトコだけど。


 もう一方、頭を下げている少女を見やる。

 濃いグレーの髪、露出度の高い服、日に焼けた肌――相当年若い。

 魔力は持ち合わせておらず、身体つきも貧相だ。

 ただ、袖から覗く腕には、薄く筋肉が乗っていた。

 確か高度なトレーニングを積んで、魔法使いにギリギリ喰らい付いていけるだけの実力を持った非魔法使いが居るらしいんだけど、彼女もそれだろう。


 つっても、そこまで鍛えた所で根本的な力量差も収入差も埋まらねえんだから、やっぱ努力とかするだけ無駄だな。


 さて――俺は目の前の男と少女を眺める。

 状況から考えて、魔法使いと非魔法使いのコンビの諍いだろうな。

 よくある話だ。


 最初は酒場やらで意気投合するんだけど、いざ仕事を始めると互いの能力格差が浮き彫りになってきちゃうんだよな。

 で、結局、仲間関係解消しちゃうか――或いは、非魔法使いが魔法使いの奴隷になっちまうかの二択になる。


 男と少女の関係は、九分九厘後者だろうなあ。

 などと他人事のように考えていたら、男が声を発した。


「なあ。お前がトドメをしくじったのって、これで一体何度目だっけか?」

「……申し訳っ……ありませんっ……」


 地に擦り付けられた少女の頭に、男が足を乗せる。


「そうかい。じゃあ、質問を変えるが――お前が罠を回避し損ねて、依頼達成の時間を遅らせたのは何度目かは、幾らなんでも覚えてるよな?」

「申し訳ありませんっ……!」


 男は一度足を上げ――


「……コンビを組んで三年。お前の、その細々したミスのせいで、俺がどれだけ被害を被っているか」


 がつん、と音を立てて、少女の頭を踏み抜いた。

 少女は思い切り顔を打ちつけたらしく、じわりと赤いものが床に広がる。


「そこはさ。流石に、分かっているだろう?」

「はい……っ、すみませんっ……。言い訳の、しようも……!」


 平坦――いや、どこか愉悦の混じった様子の男とは対照的に、少女の声は酷く震えていた。

 あまりの惨さに堪えかねたのか、人混みから若い兄ちゃんが声を挙げた。


「あ、あんた。腹に据えかねたのは分かるが、相手はまだ子供じゃないか。そこまで手酷く痛めつけなくたって……」

「……おいおい、兄ちゃん。俺に意見するつもりかよ?」


 男はニタニタと笑いながら、懐を探り――


「この――“シルバー”たる俺に向かって」

「なっ!? し、シルバーだって!?」


 銀色に輝くカード――冒険者の証を取り出した。

 人々の間に、どよめきが広がる。

 ガレットが俺の脇腹を突いた。


「し、シズムくん。シルバーって?」

「エストのクラス分けと似たようなモンだよ。選定基準はちょっと違うけど」

「選定基準が違う……? どういうことだい?」


 いつの間にか傍に来ていたブレイドルが疑問を呈する。

 俺は軽く鼻を鳴らした。


 ギルドに所属する者、いわゆる冒険者は三段階に分類される。

 下から順に、ブロンズ、シルバー、ゴールド――エストで言う所のCクラス、Bクラス、Aクラスみたいな感じだ。

 ただ、クラス間の格差はエストと同じくらい――いや、もしかしたらそれ以上に大きいかもしれないな。

 実際、シルバーって言われた途端にあの兄ちゃんも引っ込んじまったし。


 ただ一つ違うのが、その等級分けには、必ずしも実力が関係する訳ではないってトコだ。


 ギルドのランク付けは、冒険者の世間への貢献度――要するに業績の多寡で決まる部分が大きい。

 つまり、どんなヘボでも一発何かとんでもない依頼を解決してみせりゃ、より高みに昇れる可能性があるってことだ。


 無論、“とんでもない依頼”のハードルってのは物凄く高いし、だからゴールドはおろかシルバーにすら辿り着けないまま引退するヤツなんてのはザラなんだけど――

 たまにいるんだよな、完全なるラッキーだけでシルバー相当の依頼を解決しちまうようなのが。


「心を読んでみたけど、どうやらあの男もそのパターンらしい。それに、非魔法使いに対する乱暴なんてギルドじゃ日常茶飯事だけど、こんな所でやらかせば上に目を付けられる――まっとうな手段でシルバーになったヤツの脳味噌じゃないな」


 てなことを二人に語り聞かせていたら、突然男が大声を挙げた。


「俺だって最初はブロンズ、凡百の冒険者だったさ――だが、たゆまぬ努力でシルバーまで登り詰めてみせた! この非魔法使いのガキだって同じさ、真剣に頑張ってりゃミスなんて全部なくせる筈だ! 怠けてるだけなんだよ、こいつはっ!」


 ドカドカと何度も何度も少女を踏みつける。

 彼女は黙って耐えるばかりだった。


 ……何気に物凄い無茶を言うな、あのバカは。

 手を使わずに物を取ったりやったりできるような人間に比べりゃ、そりゃしくじりだって増えるだろう。

 つーか、どんなに気を配ったって出る時は出るモンじゃん、間違いって。

 それを全部なくせって、お前、凡人のガキ如きに何を求めてんだよ。

 そもそも魔法使いに比べて非魔法使いはパワーも察知能力も劣るんだから、トドメ差し損ねたり罠に引っかかったりする頻度が多いのは当たり前だろう。


 それが気に食わないなら黙って縁を切りゃいいのに。

 どうしてそんな何年も何年も一緒に居続けてんだろう。

 頭がおかしいのかな。


 しかし、恐ろしいのが、男の言葉に本気の顔で頷いてる魔法使いが結構な数居るということだ。

 おいおい正気かよ。

 不治の病を抱えてるヤツに「お前の病気が治らないのは、治そうとする意思が足りないからだ」って言ってるのとほぼ変わんねーぞ。


 ……つい頭を抱えてしまう。

 ギルド所属の魔法使いって、本当にどうしようもねえな。



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