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オーケー



 顔を真っ赤にして、こちらをガン見する男。

 まるで王族の行進でも眺めてるみたいにキラキラした瞳を投げ掛けてくる少女。

 ちらちらと視線を送ってきながら、噂話に花を咲かせる主婦。


「ね、ねえ、シズムくん。何で私たち、こんなにジロジロ見られてるの……?」

「物凄く目立ってるな……ぼ、僕、何だか緊張してきた」

「……お前らのせいだよ。九割方な」


 俺はガレット、ブレイドルを連れ立って街を歩いていた。

 ――その一挙手一投足を、つぶさに観察されながら。


 まあ、目立つのも当たり前だ。

 俺もガレットも大概人目を引く容姿をしているし、ブレイドルは露骨に金持ち然とした格好だし。

 せめてもっと人通りの少ない道を使えばよかったのだが、生憎、目的地へ辿り着くにはここを通らねばならない。

 お陰で、それはもう大変に不愉快な気分だ。


 半ば現実逃避気味に辺りを見回す。

 立ち並ぶ飲食店、雑多に溢れ返る屋台。

 くだらない言葉を交わし合う、夥しい数の人間。

 怪しげな風体の商人たち――


 ここは、エストから徒歩数十分ほどの所にある街――トルテだ。

 大して興味もないので詳しくは知らないが、元々は交易だか何だかで力を付けてきた場所らしく、外国の特産品やらがたくさん集まってくる。

 それを目当てに、毎日大勢の観光客がやってくるのだ。


 ただ――ここが賑わっている理由は、それだけじゃないんだけど。


 にしても、ああ、もう。

 変なことを安請け合いするんじゃなかった。

 昨日の晩を思い出す――





     ◇





「……お前ら、今、何つった?」

「どうかっ!」

「私たち、二人をっ!」

「シズムくんの、弟子にして下さいっ!!」

「一々交互に言わんでいいっ! 何がどうなってそんな結論に至ったんだよ!?」


 色々とかなぐり捨てて叫ぶ。

 分からん、こいつらの思考が本当にさっぱり分からん。

 しかし、そんな俺の困惑なぞ知ったことではないと言わんばかりに、凡人二匹はずいずいと迫ってくる。


「ち、ちょっと、近っ――」

「まず、僕の理由を述べさせてくれ! そんなに時間は取らせない、手短に済ませるからっ」


 息を荒くしながら、ブレイドルは早口で捲し立てる。


「その――僕は今まで、自分の才能のなさを認められていなかったんだと思う。いや、もしかしたら自覚すらしていなかったのかもしれない……周りの人たちは皆、ブレイドル家の長男である僕を褒めるばかりだったからさ」


 でも、と彼は悲しげに俯いた。


「君の言葉で、ようやく気付かされたんだ……自分の未熟さ、至らなさにね。凄くショックだったよ。ただ……それ以上に、感激してしまったんだよ僕は!」

「か、感激って、お前――ってうわ止めろ! それ以上来るな気持ち悪い!」


 ぐんと顔を振り上げるブレイドル。

 そのまなざしには、純度百パーセントの尊敬が宿っていた。


「傑出した能力! 分かりやすく、かつ的を射た評価! 忌憚のない真っ直ぐな意見! 素晴らしい……君こそ僕の師に相応しい人材だっ!」

「何を意味不明なことを……」

「ねえねえシズムくんシズムくんっ、私の話も! 私の話も聴いて!」

「ああもう、分かったから二人とも離れろ! 暑苦しいんだよっ!」


 物凄い勢いで身体を擦りつけてくるガレット――なんか色んな部分が凄い柔らかいし、花のような香りがする――とブレイドルを無理矢理引き剥がす。

 しかし全くへこたれない、二人とも全然勢いが落ちない。

 瞳の色が明らかにヤバい。

 違法な何かに手を出している人間の目をしている。


「あのねあのね、シズムくん! 私が弟子になりたいのはねえ……えへへっ、あのねえっ……そ、その、あなたの、あなたのっ……」

「ああ?」

「あ、あなたのお傍に、ずっと居たいからっ! ……っきゃあーっ言っちゃった!あああああああ言っちゃったよう! きゃーなんか胸が凄いドキドキする!」

「…………」


 顔を真っ赤にしてきゃーきゃー騒ぎ続けるガレット。

 ……マジで、どうなってんだよ、こいつらは?

 昼間あれだけ散々ブチのめされたってのに、平気な顔をして。

 頭に脳味噌の代わりにおがくずでも入ってるんじゃないだろうな。


 特にガレット。

 こいつに関してはもはや不気味ですらある。

 彼女に俺の自殺寸前の時の絶望を叩き込んでから数時間も経っていないんだぞ?

 一人の人間の死の間際の感情を理解してしまっているんだぞ?

 下手すりゃ一生のトラウマになりかねないってのに。

 ――なのに、どうして彼女はこんなにも明るくヘラヘラしていられるんだ?


 分からない。

 分からない、けど……。

 俺は頭を振った。


「おい、お前ら」


 ――ほんの少しだけ、興味が湧いた。


 ぱっと二人が顔を上げた。

 まるで主の命令を待つペットが如く、彼らの瞳は輝いていた。


 本来なら、師匠だなんて努力を肯定するような立場なんざごめんだ。

 だが――こいつらの希望に満ちたツラを見ている内に、少し気が変わった。


 先に断言しておこう。

 こいつらには、才の欠片もない――伸びしろなど皆無だ。

 だけど、ガレットもブレイドルも、自分に成長の余地はあるのだと信じ込んでいる――さながら前世の俺のようにな。


 だったら。


 かつての俺と同じ気持ちを、こいつらに味わわせてやる。


 徹底的に鍛えて、欠点を潰してやって――

 そうやって必死になって頑張って、それでもさっぱり結果が出なくて。

 その時、二人はどんな顔をするのだろうか。

 そこまでやって初めて、俺は真に彼らの心は砕けるのではないだろうか。

 努力の無意味さを思い知らせることができるのではないだろうか。


 ゾクゾクする――笑みが抑えられない。

 薄く微笑みながら、俺は言った。


「オーケー、引き受けてやるぜ、お前らの師匠を。ただし、やるからには徹底的にやらせてもらうからな――覚悟しとけよ?」



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