頼み
Sクラスの生徒のみが利用できる学生寮――
時刻は、既に夕方の六時を回っていた。
高級ホテルが如く整然とした廊下をふらふら歩きながら、首をバリバリ掻く。
――大きなイベントはひとまず片付いたし、また暫く暇になるなあ。
などと考えていると、頭の中に声が響いた。
『……結局、得られたものは徒労だけか。何とも無意味な時間だったな』
ドラゴンが俺の気持ちを代弁する。
実際その通りなんだけど――名前も知らないCクラスとフォルミヘイズ、あとおまけにブレイドルの心へし折れた顔が拝めたし、まあプラマイゼロって感じかな。
『ふむ、何と前向きな……いや、んん、これは前向きと言っていいものか』
知るかそんなモン。
どっちにしろ、今日はもう疲れた。
首を鳴らし、ポケットに手を突っ込む。
数分後、ぼちぼち私室の明かりが見え始める。
俺は思い切り伸びをして、大あくびを一つかました。
ああもう、早いトコ部屋に戻ってゆっくり寝たいわ――
「あっ来た来た! こんばんはシズムくん、久しぶりっていうかついさっきぶりだね! でも私寂しかったんだよあなたに会えない時間が悲しくて悲しくて!」
「落ち着けアラヤヒール、興奮し過ぎて文法おかしくなってるぞ! ……ごほん、えーと、や、やあシズムくん、ご機嫌麗しゅう……」
「ちょっと今私が喋ってたんだけど実質Cクラス相当! 人の話に一々割り込まないでくれないかな実質Cクラス相当!」
「や、止めたまえ……冗談で人の心を抉ろうとするのは止めたまえ……」
おい何でお前らがここにいるんだよ。
何でそんな元気いっぱいなんだよ。
試合の時のボロボロっぷりは一体どこに置き去りにしてきたんだよ。
「……あ、もしかしてどうして私たちがこの寮に入れたか疑問に思ってる? うふふ、教えて欲しかったら、その、わ、私をぎゅーっと……」
「ハンマーで窓ガラスを叩き割ったんだよ」
「おいふざけんなよクソブレイドル余計なこと言いやがって!!」
罵声を浴びせ掛けるガレット。
あっけらかんとブレイドルは笑っている。
……こいつらは、本当に……。
「いや何、話は早い方がいいだろう。シズムくん、実は君に頼みが――」
「――俺もさ」
ブレイドルの言葉を遮った。
面食らう彼を無視して、更に続ける。
「大概、気が短い方なんだよ」
ドアの向かいの窓ガラスが揺れる――周囲に次々と光の粒が浮かび、弾ける。
俺から発せられる強烈なプレッシャーに、二人は硬直した。
「昔からどうも、慣れないことが続くと疲れやすい性質でさ。今日はさっさとベッドに入って休みたいんだ。だからさ、とりあえず――」
轟音と共に、ガレットとブレイドルが立っていた真ん前が消し飛んだ。
彼らは顔を引き攣らせている。
もう少し俺の気分がよかったら、クソ共とも付き合ってやれたんだけど。
生憎、今はそういうノリじゃない。
茫然としている二人のバカ面を眺める。
ハッキリ言って――相当、不愉快だ。
「お前ら、今から三秒以内に消え失せろ。でなきゃ殺すぞ」
殺す、の部分をかなり強調する。
四割くらい冗談で、六割くらい本気だ。
比較的真に迫った殺意に、二人は必死の表情で取り繕う。
「ご、ごめんなさい、勝手にプライベートにまで立ち入ってしまって……。笑い話じゃ済まないよね」
「ひ、非礼を詫びるよ。本当に済まなかった……」
全力の謝罪を受けて、なんぼか殺意が緩む。
まさかこいつらが真剣に謝るさまを見られるとは思わなかったな。
ていうかそもそもこんな二度も三度も顔を合わせる羽目になるとか全然考えてなかったけど。
ふう、と額に手を当てる。
何だか気が抜けてしまった。
「あ、あの……シズムくん、まだ怒ってる?」
おずおずと機嫌を窺うガレット。
昼間とは少し様子が違うような気がする。
試合で二人まとめてボコボコにしたのが功を奏したのかもしれない。
やっぱり人間って直接痛めつけられると色々変わるんだな。
よく覚えとこう。
「今はそんなでもない。……で」
俺は靴を鳴らした。
「頼みってのは何なんだ」
「ええっ!? は、話を聴いてくれるの!?」
「聴くだけだよ。受けるかどうかは知らねえけどな」
「う、ううんっ! それだけでも構わないよ――ありがとう、シズムくんっ!」
二人の顔に笑顔が咲く。
彼らは、互いに顔を見合わせ――決然とした表情で頷き合った。
そして俺を真正面からまっすぐに見据え――叫んだ。
「どうかっ!」
「私たち、二人をっ!」
「――シズムくんの、弟子にして下さいっ!!」
ガレットとブレイドルは、クソ真面目な顔で叫び――深々と頭を下げた。
……こいつらは、一体何をほざいてるんだ?




