メッキ
――俺は、少しだけ魔力を解き放った。
「作戦ったって、そんな――っ!? し、シズムくん……っ!!」
「く……凄まじい凄まじいとは思っていたが、間近だとよりキツいな……!!」
流石は最も優れし魔法使いだ、とか何とか言ってるブレイドル。
そろそろこのバカげたトーナメントにも蹴りを付けるか。
俺は軽く首を鳴らした。
「茶番は終わりだ、ブレイドル。とっとと終わらせるぞ」
「……そうかい。どうやら、本気でやらなくちゃいけないみたいだね」
ブレイドルは汗の浮いた口元を引き締め、右手をかざした。
光の泡が弾け、現れる銀色の剣――ヤツの根っこだ。
「僕だって、別にただふざけていた訳じゃないんだ。トーナメントが始まるまでの一月、空いた時間は全て修行に注ぎ込んできた――簡単には負けないぞ!」
「……へえ」
俺は目を細めた。
その割には、ロクに魔力が研ぎ澄まされていないけどな。
――ぶっちゃけて言おう。
ことエネルギーの増強に関して、長期間修行をする意味は皆無だ。
超自然エネルギー――つまり魔力というのは、身長に近い。
肉体と精神の成長に伴い、ある程度までは成長する――
が、その“ある程度”の段階に達したら、もうそれでおしまい。
どれだけ鍛えようとサプリを飲もうと、身長が劇的に伸びることはないのだ。
そして、どれだけセンスを鍛えたところで、魔力が足りなければ高度な魔法は繰り出せないし――そもそもセンスは鍛えようと思って鍛えられるモンじゃない。
こいつらを見て、ようやく実感を伴って理解した。
女神が言っていた「魔法は結局のところ才能が全て」というのは、どうしようもなく真実なのだ。
「――うおおおおおおりゃあっ!!」
などと考えていると、ブレイドルが相も変わらずお粗末な刃の魔法を大上段に振りかざしつつ突っ込んできた。
俺はバリアで攻撃を受け止める――途端、刃の魔法がへし折れた。
「なあっ!? ば、バリアに当たっただけで折れただと!?」
「柔いな。所詮は凡人の魔法か」
バリアを分解――衝撃波に変換。
ブレイドルの年齢の割には大柄な身体が、風に吹かれた木の葉の如く吹っ飛ぶ。
もたもたと体勢を立て直す彼をよそに、俺は砕けた刃を拾い上げた。
表面を撫で、検分する。
「……確かにパワーはそこそこだな。直接手に宿すことで、腕力を上乗せできるのも発想としては悪くない。――だけど、それだけだ」
くしゃ、と刃を握り潰す。
「まず、魔力粒子の結合度合いがあまりに低い。ある一定――そうだな、中級モンスターの鱗程度ならスパスパ斬れるだろうよ。だけど、それ以上の大物が相手となると、さっきみたいにあっさり叩き折られちまう」
「……ご丁寧に、解説をどうもっ!!」
砕けた刃の魔法を袈裟懸けに振り降ろしてくる。
無論、再度バリアに阻まれ――刃の魔法は、こんどこそ完全に消滅した。
ブレイドルは苦しげな表情で後ろに飛び退き、俺から距離を取った。
俺は、そんな彼に向かって一歩近づいた。
「そして、この手の魔法は一度砕かれると再生成に手間が掛かる。結果、魔力を大量に消耗してしまうし、何より――」
言いながら、瞬間移動でブレイドルの背後に回り込む。
「!? はやっ――」
「もう一度展開し直すまでの間、術者は完全に無防備になってしまう」
そして、ブレイドルのガラ空きの背中を思い切り蹴飛ばした。
「ぐぅっ!!」
「かつ、再生成を試みている間は他の魔法が上手く使えなくなる。……どうだ、当たってるかい?」
「く……は、はは。大当たりだよ。流石はシズムくんだ」
地面に這いつくばるブレイドル。
半ばヤケクソ気味に、彼は笑った。
「その通りさ。今、僕は念動力すら十分に使えない」
彼は、ぐっと拳を固めた。
「――こんなふうに、ねっ!!」
振り向きざま、恐ろしく勢いのないエネルギー弾が飛んでくる。
わざわざバリアを張る必要もない――あえて生身で受けた。
瞬間、光が弾ける。
少し身体が揺れたが、それだけだ。
蚊に刺されたほどの痛みもない。
「ふ、あははっ……もう、バリアすら使ってくれないか」
「ああ。……いや、ちょっと待て。少し語弊があった」
倒れたブレイドルに近寄り、しゃがむ。
耳元に口を寄せ、囁いた。
「お前は平常時からして魔法がヘタクソだ。……これも、多分当たってるよな?」
「っ……」
哀れむような口調で畳み掛ける。
「ミリにブチのめされてた時から少しも変わってねえ――エネルギーコントロールが壊滅的に雑だ。才能がないなんてモンじゃないぞ。一か月修行してそれって、お前、本当に武家の生まれなのかよ?」
顔を青くして、無言を貫く彼。
そこへ、致命的な一撃を入れた。
「――気付いてるんだろう? 自分の実力が、本当はCクラス並だってことに」
「…………!!」
ブレイドルは、目を見開いた。
「お前の魔法は格下相手にはとことん強い。だから入学試験では活躍できたんだろう。だが真の強敵相手だと、この通り――手も足も出ない。本来ならCクラス行きは免れねえが、まさかブレイドル家の子息をそんな所に入れる訳にはいかない」
――で、学院側のお情けでBクラスに入れてもらった。
そういうことだろう?
俺は唇の端を釣り上げた。
ブレイドルは――何かに酷く怯えているかのように黙りこくるばかりだった。




