危険
「――あ、来た来た、シルファちゃん。お帰りなさいにゃ!」
「お疲れ、アクアマリオン」
控室に戻ると、ガンドウとスズネが笑顔で迎えてくれた。
「ん、ありがと。……二人とも、試合は?」
「めんどいから棄権したにゃ」
「俺も同じく、だな」
「……そう」
彼ららしい選択だ。
二人とも、負けを選んだ私への遠慮はない。
実力で敗北したのだと思っていないのだろう。
あの戦いをみてなお、彼らの中でシズムは格下なのだろう。
だが、それでは駄目だ。
その認識を持ち続けていたら、いつか取り返しの付かないことになる。
しかし、どうやって伝えたものか。
悩んでいると――
「きゃっ――スズネ!?」
「いやあ、ふふ、珍しいにゃあ! こんなに汗みどろなシルファちゃんにゃんて!あーもう辛抱たまらにゃい! 匂いを嗅がせろー!」
「ちょ、ちょっと、待っ……」
執拗に顔を胸元にこすり付けてくるスズネ。
彼女なりに健闘を讃えているつもりなのだろう。
だけど――私は、彼女の身体をぐいと押しやった。
「今は……ふざけるような気分じゃ、ないから」
「あ、ご、ごめんにゃ? 流石に馴れ馴れし過ぎたにゃ」
「別に。そういうんじゃ、ないけど」
小さく呟いた。
スズネは謝罪を繰り返しながら、数歩距離を取った。
嫌な沈黙が流れる。
それを打破するように、ガンドウが白々しい表情で言った。
「い、いや。それにしても、お前も大概気紛れだな、アクアマリオン」
「……気紛れ?」
私の返しに、ガンドウは腰に手を当てた。
「霧の呪いの魔力封じが決まった時点で、お前の勝利は決まったようなものだったろう。お前のスタミナもほぼ尽きていたが、“アレ”を使えば確実に倒せた筈だ」「もしかして、無駄に勝って注目を浴びたくなかったにゃ?」
「ああ、そうか。なるほど、アクアマリオンらしい――」
「――違うっ!」
突然の怒声に、二人は硬直した。
私は肩を震わせて、とすん、と勢いよく椅子に座りこんだ。
「……違う。そんなっ……そんなことじゃあ、ないのっ……!」
「し、シルファ、ちゃん……?」
困惑するスズネ――しかし、弁解できるほどの余裕は、今の私にはない。
後から、恐怖が心に迫ってくる。
分からない、ただひたすらに理解できない。
そんなことがあってたまるか、絶対にありえてはならない筈だ。
過信し過ぎる、ったってなあ。俺は、俺自身の力を正当に評価しているつもりだぞ――
あの時のシズムを思い出す。
これは私が内心で呟いた「自分の力を過信し過ぎるから、こうなるのだ」という
言葉を受けての返しだろう。
そう――“内心”だ。
彼は、私に対して心を読む魔法を使ったのだ。
――虚ろなる水底の戒めが、完全に決まっている状態で。
あの呪いは、ただ単に魔力を封印していた訳ではない。
世界の法則そのものに訴えかけていたのだ。
放り投げられたボールが、やがて地面へ落ちるように――
年月を経た物品が、次第に劣化していくように――
そんな“当たり前”と同じだけの強制力を以てして、私は彼の魔法を縛り付けていたのだ。
だのに――彼は、それを跳ね除けてマインドリーディングの魔法を使った。
宇宙の仕組みそのものに逆らってみせたのだ。
更に言うと――ガンドウとスズネ、二人へ視線を向ける。
彼らは心配そうに私を見ていた。
シズムは多分、いやほぼ確実に“アレ”の存在を知っている。
知った上でわざと追い込まれたふりをしていたのではないか。
だとしたら、試合中のやたら不遜な態度も頷ける。
私に、全力の一撃を放たせるために。
――それを無傷で耐え忍ぶことで、完膚なきまでに私の心をへし折るために。
頭がくらくらする。
想像を絶する――常軌を逸している。
文字通り、次元が違う――いや、本当に彼は人間なのか?
あの力はそもそも生命体の範疇に収まっているかどうかすら怪しい。
もしや彼は、人間の皮を被っているだけど、内実は人外なのではないか?
分からない。
分からない。
分からない。
ヤツは何者なのだ?
常軌を逸している、理から外れている。
理解できない、できない、できる筈もない。
今まで、“任務”で数多の強大なモンスター、外道に堕ちた魔法使いと対決してきた――そして、それら全ての戦いで勝利を掴み取ってきた。
どれほど大きな力を持っていようと、必ず弱点はあるのだ――徹底的に思考を巡らせ、冷静に、クレバーに立ち向かえば、敗北などありえない。
ただ一つの疵すら持たぬ存在など、この世にはいないのだ。
ずっと、ずっと、それを信条にしてここまでやってきた。
……だけど、今は……。
汗の滲んだ額を拭う。
シズム=ドラゴリュート――やはり、私の予感は正しかった。
ヤツは、危険だ。




