あなたの力
連絡通路をぷらぷら歩きながら、何となく溜息を吐く。
……結局、またクソつまんない時間だったなあ。
『そりゃ仕方がないだろう。この世界に君より強い魔法使いが居ると思うか?』
いや、その通りなんだけどさ。
にしても張り合いがねえよ。
結局俺サイコキネシスとバリアくらいしか魔法使ってねえんだぞ。
あんなんもう戦いですらねえよ、お遊戯だよお遊戯。
『それが優れし者の宿命という訳さ。潔く諦めなさい』
たまに凄え腹立つ物言いするよなお前って。
ブン殴ってやりたいけど、頭の中にいるヤツのシバき方なんか分かんねえから保留としよう。
『そ、そんなモン保留にしないでくれ。……というか、私に触りたいんだったら、普通に根っことして召喚すればいいじゃないか』
へえ、なるほど。
なかなかの名案じゃないか。
消し飛んだ通路の修理代を出してくれるんなら従ってやってもいいぞ。
『……考えが足りなかったよ。すまない』
素直でよろしい。
ていうか前から思ってたけどさ、お前大仰に祭り上げられてる存在な割になんか頭悪くないか?
俗っぽいというか、人間然としてるというか。
『ほんとボロクソに言うな君。……私が担っているのはあくまで力だから、そういう知的な要素は全部光のドラゴンに持ってかれてるんだよ。やたら人間っぽいのは多分、君の精神世界が今の私の住処だからかな』
ふーん。
ドラゴンともあろう者が人間の精神如きに影響受けんなよ、と思わないではないけど、別に良いや。
――まあ、トータルで考えりゃそこそこ楽しい試合だったかな。
フォルミヘイズの心がへし折れた顔も拝めたことだし。
『ん、あれは心が折れたというよりは……いや、言うべきことでもないか』
何だ、気になる言い方しやがって。
と、首を鳴らし――もう一度息を吐く。
「さあて。次の対戦相手は、誰だろうねえ」
誰に言うでもなく、言葉を漏らして――
「……シルファ=アクアマリオン」
「あ?」
そこに返答が帰ってきたものだから、驚いてしまった。
立ち止まり、声の主を探す。
通路の曲がり角――その影から、一人の少女がするりと這い出してきた。
――こいつは、確か。
「私が、あなたの次の対戦相手」
海の如く涼しげな蒼髪が薄紅色の照明と重なり、鮮やかな紫色に輝く。
瞳もまた同様に深く色めいている――けれど、どこか虚ろだ。
初めて会った時から印象が変わらない、人形染みた風貌の美少女――
ただ、ゴシックロリータ調の服と薄暗い場所とが相まって、どこかホラー然としている。
そうか、こいつ、Sクラスの――彼女が俺の対戦相手なのか。
シルファはゆっくりとこちらへ近付き――俺の正面に立った。
彼女は俺と大差ないくらいのチビなので、視線がモロにぶつかり合う。
「――少なくとも」
ごく小さい――しかし髪の色と同じように澄んだ声で、シルファは言った。
「あなたを、退屈させるつもりはない」
「……へえ」
随分と自信過剰なことだ。
この俺を、退屈させないだと?
大口を叩くじゃないか。
――だが。
シルファの蒼い瞳を見つめ返す。
相変わらず、焦点の定まっていない虚ろな瞳だ。
しかし――俺は、ニヤリと笑った。
「どうやら、伊達や酔狂で言っているんじゃなさそうだな」
「私は軽々しく嘘を吐くような人間ではない」
「そういうこと自分で言っちゃうのか……」
「べ、別に驕っている訳でもないから」
「あ……そう」
なんか微妙に変な感じになっちゃったな。
何だこの空気。
余計なこと言うんじゃなかった。
「……そ、それじゃあ、私はもう行くから」
「んん。じゃあな」
若干頬を赤くしたシルファが、駆け足気味で戻っていく。
遠ざかる華奢な背中――が、ぴたりと止まる。
くるりと振り返った。
「――あなたの力、見せてもらう」
また例の人形顔に戻ったシルファは、言い放った。
蚊の鳴くような音量だったが、耳に残る――綺麗な声だ。
今度こそ彼女の姿は暗闇に埋まり、やがて見えなくなった。
あなたの力を見せてもらう――ねえ。
『……ちゃんと見せる前に、普通に倒しちゃいそうな気がするな』
止めろ、そういうありそうなこと言うの。




