見下されることが
「ど――うし、て」
衝撃と困惑と焦燥が、言葉となって零れ落ちる。
腕が、膝が、バカみたいに震える。
全然分からない、一体どういうことだ、理解不能だ、理解不能だ。
だって確かに、確かにこいつは魔力を使い果たした筈なのに。
――なのに、どうして。
「どうしてこいつは、バリアを張れているんだ――ってか?」
そう――私の、“炎を纏った黒金の杖”は、透明な壁に阻まれていたのだ。
高めに高めたエネルギーは、彼方へ霧散した。
バリアには傷一つ付いていない。
掠り傷すら、だ。
嘘だ……何かの冗談だ、冗談に決まっている。
そんな魔力はもう残っていない筈だ。
だって、あんな強力な魔法を撃てば、スタミナは空っぽになるのが当たり前――
「当たり前、なんて陳腐な言葉で俺の力をカテゴライズするのは止めろよ。冗談でも不愉快だ」
!?
しまった――マインドリーディング、やはり使えたのか!
不味い、すぐに精神防壁を展開しなければ――
「今更そんなことしたって無駄だ。既に相当奥深い部分まで入り込んでるからな。……ふむ、なるほど。そんなこと考えてたのか、お前」
薄く、シズムが唇を歪めた。
「俺が難しい術を使わないのは、コントロールが下手だから? 頭悪いな。ただ単にお前ら如き凡人をブッ飛ばすのに、そこまで手間を掛けたくないってだけだよ。あの光の柱が普通の念動力だ、ってのは大当たりだがな。でも、その後――」
ぱちん、と指を鳴らすシズム。
瞬間――再び、七色の輝きが会場を満たした。
「この技を出すには全エネルギーを費やさねばならない、なんてことは全然ない」
私の全身は石のように硬直した――そんな、バカな。
理不尽だ――二発目、だと……!?
しかも、先程のものよりも遙かに込められた魔力量が多い。
じゃあ、これまでの試みは、全部無駄だったってこと?
絶望する私に、シズムは更に畳み掛ける。
「言っとくけどな。俺は、この百倍は威力のある術を、そうだな――千、いや万は軽く撃てるぞ。かなり大雑把に計算してな」
千、いや万は軽く撃てる?
気が遠くなりそうだ。
膝から力が抜けて、ぺたんと座り込む。
こんなの、ずるい。
卑怯だ。
あまりに規格外だ――バカげてる。
「…………絶対に、おかしいわ」
「あ?」
おかしい。
おかしい。
ありえない。
ドラゴリュートは“成果なし”なのに。
十年以上に渡ってまともな研究ができていない、ヘボ貴族なのに。
どうしようもないクズの家系なのに。
その子息がこんなに強いだなんて、駄目だ、あってはならない。
“成果なし”なのに。
“成果なし”なのに。
――私の家と同じ、“成果なし”なのに。
父の研究作業が行き詰まりつつあることに気が付いたのは、ごく最近のことだった。
それまで私は、自分は恵まれた存在なのだと思っていた。
召使いたちは私の髪をまるで夕暮れ時の太陽のようだと褒めそやし、専属の教師は私の頭脳をさながら古に万人に教えを説いた賢者のようだと賞賛した。
父は母と死別してから独り身を貫いていたけれど、それを補うかのように私を構い、大切に育ててくれた。
完璧だった――全てが完璧だったのだ。
あの日、までは。
たまたま、私は厨房の傍を通りかかり――そこで、聴いてしまった。
メイドたちの噂話を。
――お館様、今年もまた査定で結果を残せなかったんですって。
――確か、去年も駄目だったんでしょう?
――ここもそろそろ潮時かな……再就職先、考えなくっちゃ。
――いよいよ、“成果なし”呼ばわりされ始めるかもねえ。
私はすぐさま自室に飛んで帰った。
嘘だ、冗談だ、そんなのありえない。
必死に自分に言い聞かせた。
都合の悪い現実を偽りで無理矢理押し込めて、精神の安定を図ろうとした。
だけど、気が付いてしまうのだ。
一度理解してしまえば、もう、逃げられない。
父の目の下のクマは、明らかに深くなっていた。
使用人の態度には哀れみが混じりつつあった。
専属教師の来る頻度が明らかに落ちつつあった。
惨めだった。
苦しかった。
辛かった。
悲しかった。
泣きたかった、泣きたかった、泣きたかった。
――それで、気が付いたのだ。
私が今こんなに苦しいのは、“成果なし”だからだ。
周りをよく見てみろ、“成果なし”が惨めな思いをするのは当たり前だ。
仕方のないことなのだろう。
皆同じだ、皆同じだ。
悲しむようなことじゃないんだ。
なのに。
なのに。
なのに。
――なのに!!
「なんで、アンタはっ!! “成果なし”呼ばわりされている癖に、そんなにも凛としていられるのよおおおおおおおおおおおっ!!」
全ての怒りを、嫉妬を、悲しみを、惨めさを、心の内側の何もかもを極限まで凝縮する――エネルギーがねじくれ、めちゃくちゃに膨れ上がる。
拳にドス黒い炎が宿る。
筋肉が鳴動する――地面を踏み砕く。
シズムの端正な顔面目掛けて、渾身のアッパーカットを放った。
「なんで、って。そんなの決まってるじゃねえか」
――繰り出した拳は、片手であっさり止められて。
「俺は天才だけど、お前は凡人だからだよ。当然のことだろ」
翡翠色の瞳が、怪しく輝いた。
全身の力が抜けていく。
もう、まともに目を開けていられない。
最後の力を振り絞って、首を持ち上げた。
シズムは、皆の声援を受けて――どうしようもなく、高い所に居て。
綺麗で、美しくて、孤高で、完全で。
私は、その前で泥と砂に塗れたまま転がっていて――ただ、無様で。
――それを思うと、得体の知れない悦楽が甘く迸って。
私の意識は闇に沈んだ。




