灼け付く
根っこ――“炎を纏った黒金の杖”を縦、斜め、横の順に三度振る。
魔力を先端に集中させ、地面に突き刺す。
這い巡るエネルギーの気配――砕けた石片が舞い、結合していく。
「おお……何だこりゃ」
シズムは面白そうにその光景を眺めていた。
思った通り――ヤツの性格からして、途中で術を妨害されることはなさそうだ。
吹き上がり、飛び回り、飛び散り――次第に形を成していく。
丸太並に太い腕。
巨大な足。
人の姿に近いが、大きさは桁違いだ。
灰色の表面が、魔力反応を帯びて漆黒に染まっていく。
その上に、更に高密度のエネルギーシールドを展開させる。
鉄壁の守り――大砲で撃ち抜かれようと、傷一つつかないだろう。
ごう、と関節から蒸気が噴き出す。
そうして完成したのは、身の丈十数メートルはあろうかという鋼鉄の巨人。
――黒金のゴーレムであった。
今の私が使える、最強最大の魔法だ。
口上の一つも垂れ流したい所だが――生憎と、今の私は最高に気分が高まっているのだ。
脳内で命令を出す。
シズム=ドラゴリュートに、攻撃を仕掛けろ――
すぐさまゴーレムは機敏に動き、拳を振り降ろした。
わずかほどのディレイも生じていない――我ながら、素晴らしい伝達力だ。
「おっと――はは、ウケるな。ロボットかよ」
跳び上がり、攻撃を躱すシズム。
空中――そこへほんの数ミリ、刹那、確かに隙が生じた。
――ここだ!
根っこを振り上げて、思い切り地面に叩き付ける。
「分離せよ――ゴーレム!!」
「え……うおっ」
叫んだ途端、黒金のゴーレムの全身が弾ける。
アーム、ヘッド、ボディ、フット――何もかもが粉微塵になる。
無数の粒子と化した石片は、瞬く間にその性質を変化させ――粘土となる。
勢いよく襲い掛かる粘土はそのまま、シズムをバリアごと包み込んだ。
吹き荒ぶ歓声――予想外の下剋上に、観客たちも大喜びのようだ。
だが、まだ駄目だ――こめかみから汗が滑り落ちる。
ここからが本番なのだ。
足を二、三度踏み鳴らす。
地面がグラグラ煮え立ち、マグマに変貌する。
超高温の溶岩をサイコキネシスで空中に浮かべ――打ち上げる。
そして、シズムを閉じ込めた粘土にへばりつかせた。
――蒸し焼きだ。
歓声が最高潮に達する。
もはや誰も私の勝利を疑っていないらしい。
実際、ここまでくればあともう一押しだ――ここまで奇跡的に、怖いくらいに殆どミスなくコンボを繋げている。
所詮は“成果なし”か――油断ばかりしているから、足元をすくわれることになるのだ。
あのバリアの中は地獄のような熱さになっていることだろう。
恐らく、術を使う集中力すら、まともに発揮できないほどに――
となると、今のシズムにできることはただ一つ。
マグマボールに、一筋のヒビが入る。
溶岩と粘土がどんどん砕け、砕け、砕け、砕け――七色の光が噴き出す。
刹那、世界を幾重にも重なる極彩色が切り裂いた。
撃たせた――と思うよりも先に、その美しさに見惚れてしまう。
静寂が広がった。
この世で最も尊き輝き――百の黄金よりも、千の宝石よりもなお代えがたい。
近付きたい、近付いてはならない。
触れたい、触れてはならない。
相反する感情が生まれ、混ざり、生まれ、混ざる。
ああ、彼は、彼は――
――違う!
今は、それどころじゃないだろう!
外に脱出したシズム――なおも無表情を保っている。
だが、そのポーカーフェイスが偽物であるということは既に分かっているのだ。
もう魔力がないんだろう?
打つ手はないけど、それを悟られるのが屈辱だから、やせ我慢をしているんだろう?
だから、今すぐ、貴方を解き放ってあげる――
根っこを両手で掴み、駆ける。
疾走する――全身全霊の一撃を、ヤツに叩き込む。
溢れる、溢れる、感情が溢れる――
飛ぶ。
高める。
昂ぶる。
燃やす。
収束する。
振り降ろす。
降ろす。
堕ろす。
「だああああああああああああああああああああああっ!!」
叫びながら、ヤツの顔面目掛けて炎を叩き込もうとして――
シズムが、嗤った。




