火炎
「おいフォルミヘイズ、先走るな――あっぐっ!?」
「デイブ!? おい、しっかり――ぎゃあっ!!」
案の定、背後でゴリラと眼鏡の悲鳴が聞こえた。
小さく舌打ちをする。
恐らく魔力を込めた視線にやられたのだろう。
戦力外とは考えていたが、まさか三秒と持たないとは――想定外だ。
役立たずめ――ピンチの時に盾代わりにしようと思ったのに。
が、グズ共如きにいつまでも思考のリソースを裂き続ける訳にはいかない。
瞬時に意識をスイッチして、戦闘に没頭する。
シズムはなおも悠然と構えている――完全にこちらを見くびっているらしい。
――無表情の仮面を被っていられるのも、今のうちだ。
足の筋肉をしならせ――一気に二十メートル近く飛び上がる。
観覧席から、大きな歓声が挙がる――喧しい。
手早く魔力を体外に放出――二秒と少々を費やし属性を変換。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、攻性魔力を生成――
合計十発の炎弾をシズム目掛けて射出する。
着弾した瞬間、舞台が爆発した。
モロに決まった――と、凡人ならば勘違いすることだろう。
だが、この程度ではまず倒せない――ほら、瓦礫と埃の中に影が見える。
シズムはバリアの中、平然とあくびをしていた。
ビキッ、と額に浮き上がる血管。
脳味噌が沸騰しそうになり――鋼の意思で抑え込む。
落ち着け、冷静さを保て。
熱を静めろ――クールに、殺意だけを燃やせ。
地面に着地し、バックステップしながら軽く息を吸った。
不必要な怒りは収まった――もたもたするな。
腰を落とし、両手を突き出す。
瞬時に魔力を練り上げ、エネルギービームを続けざまに繰り出す。
駆け抜ける閃光――しかし、シズムのバリアに弾き返されてしまう。
ビームは観客の方に飛んでいった――悲鳴が挙がるが、教師の手で辛うじて防がれたのが視界の端に映る。
ぎり、と歯を鳴らした。
シズムの全身を取り囲む、超硬度、プラス、魔力反射の性質を持った反則性能の超絶バリア。
あれを破らない限り、まずダメージは通せない――
「――そろそろ、俺もなんかやっていいよな」
とぼけた声が響く。
刹那、足元が大きく崩れた。
しまった――気を抜いて――
後悔する間もなく、私の身体は思い切り吹き飛ばされた。
空中で姿勢を立て直し、受け身を取る。
幸い、怪我は皆無だ――しかし、と周囲を見渡す。
「おう。ちょっとやり過ぎたか」
――舞台は、既に半壊していた。
無論、この内の幾分かは私の手によるものだが――大半は、今シズムが繰り出した念動力によるものだ。
ノーモーション、ロクに溜めもしないままこれか。
つい戦慄してしまう。
だが――私はニヤリと笑う。
――これで、確信した。
そもそも、おかしいと思っていたのだ。
光の柱の魔法――あれはどう考えても前準備なしで撃てる技ではない。
魔法は、基本的に使用するエネルギーが増えれば増えるほど、放出する際の変換処理時間が膨大になる。
あれだけ大規模な術を瞬時に繰り出すのは絶対に不可能――ありえないのだ。
しかし、ここで一つの仮説が浮かぶ。
――シズムは、エネルギーコントロールがあまり上手くないのではないか、という疑念だ。
ついさっき、私の足元をガタガタにした念動力。
初めは驚かされたが、よく考えてみると何か違和感が残る。
単に私の動きを妨害する――或いはおちょくりたいだけならば、あそこまで大量の魔力を込める必要はない筈だ。
それに、なぜシズムは念動力や魔力視線といった、比較的コントロールが容易な術しか使わないのだろうか。
極端に複雑な術を使うと、制御が困難になり――エネルギーのさじ加減がおかしくなってしまうのではないか?
――つまり、“使わない”のではなく“使えない”のではないか?
となると、光の柱――あれは術でも何でもなく、ただ単にあるだけの魔力を全て放出した、単なる念動力なのではないか、という結論に至らざるを得ない。
なるほど、それならばあの膨大なエネルギーを瞬時に処理し切れたのも、或いは不可能ではないのかもしれない。
ならば、もう一度大技――あの光の柱を使わせれば、ヤツはほぼ完全に魔力――戦闘力を失うのではないか?
シズムは退屈そうに後頭部を掻いている。
無理に倒そうとしないでもいい――要は、あの術を使わざるを得ない状況に追い込んでしまえばいいのだ。
それならば、まだチャンスがある。
私は精神を集中させ――根っこを取り出した。
お、とシズムが呟いた。
少し――ほんの少しだけ、興味深そうにこちらを見つめている。
喉に力を入れ――私は言った。
「――さあ、反撃開始よ」
瞬間、私の全身を魔力が駆け巡った。




