嵐の前の
……まさか、手も出さない内に戦意喪失するとはなあ。
やたら豪奢な控室のやたらフカフカな椅子に座って、ジュースを啜りながら俺は内心で呟いた。
あのエリックとかいうCクラスに何もしていないのはマジだ。
いや、入場する時は魔力放出しながらだったんだけどさ。
会場でボロクソ言われてて、腹立ったし。
だが幾らなんでもツラ見られただけで発狂するほどではなかった筈なんだけど。
精々失神するくらいだろ、あんなん。
『――それにしても、大したものだよ、シズム。流石は私の主だ』
んなこともねえだろ。
頭の中から、やたらマジなトーンで褒めてくるドラゴンに返す。
お前ほんとにノリが軽いな。
そういうことばっかしてるといずれ信用を失うぞ。
『そ、それは困るな。君から信じられなくなるのは、その、辛いよ』
何だお前可愛いこと言いやがって。
『可愛いっ……!? ど、どうしたんだ君。ま、まさか私のことを口説く気か?』
ふざけるなよクソオオトカゲ。
爬虫類に恋するような人間じゃねえんだよ俺は。
俺の性癖を何だと思ってんだよ。
『冗談だよ冗談、あと爬虫類呼ばわりは勘弁してくれ……で、あの対戦相手の人間が倒れた理由が気になるんだったな?』
ああ、別に気になるって程でもねーけど。
『ふむ。ま、答えは簡単だ――彼はね、シズム。私の持つ魔力、その底に微かに映り込んだ“君自身の根っこ”を見たんだよ』
俺自身の根っこ?
って……ああそうか、あいつお前の姿を見たのか。
なるほど、そりゃチビりもするわ。
『いや、そういうことじゃなくて。……んん、何と言ったらいいのか――』
ちょっと待てドラゴン、その話は後回しだ。
――お客様だ。
『ん?』
瞬間――強烈な爆発音が響く。
――控室のドアが、明後日の方向に吹き飛んでいった。
『……これはこれは、何とまあ』
「ロクでもない客だな。品性の欠片もねえ」
冷ややかな声を飛ばす。
扉の向こう――特徴的な緋色の髪が、ふわりと揺れる。
「ふうん。随分素敵なお部屋じゃない、ドラゴリュート。私のお陰でもっと貴方にふさわしい雰囲気になったけれどね」
鮮やかな桜色の瞳、しなやかな手足。
大仰な飾り付けのなされた、派手なドレス。
美しくも苛烈さを帯びたかんばせには薄い笑み――で、コーティングされた、確かな怒りが滲んでいる。
彼女の顔を見据え――俺は、言った。
「誰だお前」
「……相変わらず、人を苛つかせるのがお上手じゃないの」
いや本当に誰なんだこいつは、ドヤ顔晒しながら突っ込んできたけど。
俺を他の誰かと勘違いしているんだろうか。
それとも単に気が狂っているだけなのだろうか。
『シズム、彼女だよ。クラス判定の時、君に突っかかってきたあの子だ』
ドラゴンが耳元(頭元?)で囁いた。
クラス判定の時って……ああー。
「そうかお前、あの脳味噌も道徳観念もガタガタなキモいピンク頭か」
「アリス=フォルミヘイズよ。その下劣なあだ名はよしなさい」
「へえ、そんな名前だったのかピンク頭。中々イカしてるじゃないかピンク頭」
「……そうやって、笑っていられるのも今のうちだけね」
上っ面だけの笑みをかなぐり捨て、ピンク頭――フォルミヘイズは、一枚の紙を俺の前に叩き付けた。
彼女は闘志を剥き出しにして言う。
「いよいよ、直接対決ね。シズム=ドラゴリュート」
拾い上げて眺める――おや、こいつは対戦表か。
そこには、俺の名とフォルミヘイズの名が記されていた。
なるほど、そりゃはしゃぐ訳だ。
戦る気まんまんの彼女に、俺は軽口を飛ばす。
「何だ。Cクラスの凡人の次は、ベヒーモス如きにピーピー泣き叫んでたようなのと戦うのか。こりゃつまんねえな」
「っ……」
混ぜっ返してやると、フォルミヘイズはいつかと同じようにトマトのように真っ赤になる。
うわ、また罵声が飛んできそうだ。
仕方がねえ、適当に黙らせるか。
――が、彼女は何も言わずに俺に背を向けた。
おう、手間が省けたな。
「覚悟なさい、ドラゴリュート――いえ、“成果なし”。貴方はこれから、そのプライドを完膚なきまでにへし折られることとなる」
「そうかい。まあ気を付けるぜ、“成果なし”よりも格下クラスのピンク頭」
「…………必ず、貴方をズタズタにしてやる」
フォルミヘイズは捨て台詞を吐き、部屋から出て行った。
凄えな、歩いてるだけで怒りが伝わってくる。
にしてもウケるな、あいつ。
バカみたいに自信満々になりやがって。
――お前が弱点だと思ってるそれはな、ただの勘違いだよボケナス。
さて、試合までもうそんなに時間はないな。
ぼちぼち俺も準備するかな。




