敗者
かくん、とアゴが落ちる。
今――今、マーカスは何と言ったんだ?
よく聞こえなかった。
全学年?
Cクラスは、全学年――初戦敗退、だって?
「あり、えない……」
僕はふらふらと後ろに倒れ込みそうになり――その背を、ロッダに支えられる。
「エリックっ。落ち着いて、とりあえず椅子にっ」
「……ありえないだろう、そんなの」
うわごとのように呟く。
嘘だ、だって、そんな……あれだけ、あれだけ狂ったように頑張ったのに。
リサーチも、トレーニングだって、完璧とは言わずとも相当上手く行っていた筈だ。
だのに、全敗――全敗だって?
絶対に、ありえないだろう!?
僕はマーカスの胸ぐらを引っ掴んだ――ロッダが悲鳴交じりに僕の名を呼ぶ。
どうだっていい。
苦しそうな顔をしているが、構うものか。
「どうしてだっ!! どうしてっ……相手は一体誰だったんだ!?」
「……一年はトーマ、二年はフリント、三年はエイダチームだ」
「は、はは……何だよ、全員とっくのとうに対策も分析も済んでいた連中じゃないか!! 作戦通りにやれば勝てた相手だろう!?」
「そう、だな」
俯くマーカス。
「確かに、作戦通りにやれば、勝ちの目も合ったかもな」
「じゃあなんで!?」
「いいか、エリック。落ち着いて聞けよ」
マーカスは、僕の手を取り、胸元から外した。
そして、まっすぐにこちらへまなざしを向けた。
「……Cクラスの中にな。内通者がいたんだ」
ない、つう、しゃ?
内通者……?
「何……それ」
「誰のことかは言わねえが、Aクラスに脅されてた子がいたんだ。何だかコソコソしてるみてえだが、もし変な企みをしやがったら容赦しねえぞ、ってな」
くだらない隠しごとをしやがったら、テメーの実家ごと潰してやる、とも。
何でもその子は、そのAクラスにデカい弱みを握られてたんだと。
それも、下手したら家ごとブッ潰れるかもしれねえくらいにとんでもないものを。
しょうがないから、トレーニングとか作戦内容とか、諸々の情報を流しちまったんだとさ――
淡々とマーカスは語る。
「ほんとは嫌で嫌で仕方なくて、罪悪感でどうにかなりそうだった、って……泣きながらそう言ってたぜ、そいつ」
「――ふざけるなよ」
怒りが、熱が口から吹き出す。
「ふざけるなよっ! 何だよそれ、バカじゃないのか!?」
「落ち着けっつったろ。俺だって腹は立ったさ」
「腹が立った、で済ませていいのかよ!! そのクソ裏切り者は、僕らの今までの苦労を全部台無しにしたんだぞ!! そんなの許せな――」
「――エリック」
マーカスが、鋭い目をした。
「お前が、それを言うのか?」
「……っ」
心の炎が、急速に勢いを失う。
彼の言うとおりだ――よたよたと椅子に座り込む。
二人の最後の夢を奪ったのは、他でもない――自分だ。
自分自身だ。
精神が擦り減っていく。
――僕は、何様のつもりなのだ?
裏切り者?
その子にはそうせざるを得ない事情があっただけだ、責めるべきことじゃない。
翻って、僕はどうなんだよ。
人のことが言えるのか?
ただ恐ろしかっただけだ、ビビってビビって腰を抜かしただけじゃないか。
その子が内通者になってしまったのだって、この試みの発起人たる僕がしっかり皆に目を配っていれば防げたかもしれないのに。
考えれば考えるだけ、絶望が膨れ上がる。
そもそも、一度でいいから勝とうだなんてのがバカげていたんだ。
今までだってCクラスの権利拡大に取り組んできたヤツが居た筈だ。
でも、今現在それは実を結んでいない――結んでいたら、こんなことにはなっていない。
僕みたいな凡人が革命を起こそうだなんて、そんなの不可能に決まってる。
……いや違う。
逆だ。
Cクラスは、凡人の集まる所だ――そして、凡人に革命は起こせない。
この場所に振り分けられた時点で、僕らは一生敗者なんだ。
ずっと負け組のままなんだ。
「あ――はは」
乾いた笑いが飛び出す。
「はははははははははははははっ」
「……エリック」
「あ、はは……あはははははははははは」
なぜだろう。
おかしくておかしくて仕方がない。
笑いがどんどんこみ上げてくる。
どうしてかな。
とうとう気が変になっちゃったのかな。
「あは……ぐ、ひひ、ははは」
無駄だったんだ無駄だったんだ全部全部意味なかったんだ。
頑張る意味なんかなかったんだ無意味だったんだ。
やるだけ無駄だった。
空っぽだったクソみたいな時間を過ごしてしまった過ごさせてしまった。
皆の時間を無駄に搾取してしまった無駄に浪費させてしまった。
叶わない希望を持たせてしまった意味のない希望を渡してしまった。
全部全部僕はどうしようもないクズだクズだクズだ。
あああああああああああああああ。
消えたい消えたい消えたい消えたくて消えたくてしょうがない。
「ひ、ぐ……ぐ、ぐうっ、ふふ、ひひひ……ひぐっ」
何でかなあ顔が熱い目が熱い。
悲しい悲しい悲しい。
悲しいのが心の全部になってどうにかなりそうだ。
ああなんか二人が僕の傍に来て僕のことを抱きしめてしまった。
止めてくれ、止してくれよなんで僕はクズなのにクズなのに。
「ひ、ひいっ、んぐっ……う、うう、うううううう……」
空っぽのロッカールームが、今までとこれからの人生の様子に途方もなくそっくりで。
僕はただ凡人らしく泣き喚くばかりだった。




