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魔法学院



「――随分と、懐かしい夢を見たな」


 柔らかなベッドの上に寝転がりながら、呟いた。

 細やかな装飾の施された窓からは、暖かな陽光が差し込んできている。


 鳴り響く目覚まし時計を叩いて止める。

 女神の言った通りだ。

 この世界の文化は変な所が高度に発達している。


 身体を起こして欠伸をした。

 軽く頭を掻きながらベッドから降り、鏡台へ向かう。


 豪奢な銀細工に包まれた鏡へ、自分の姿を映した。

 肩にかかる程度に長く、艶やかな白銀の髪。

 翡翠色の瞳は、さながら宝石の如く輝いている。

 どれだけ表を出歩いてもさっぱり焼ける気配のない肌と合わせると、どこぞのお姫様のようだ。


「未だに信じられないな。こいつが、今の俺だなんて……」


 今更なことを思う。

 発した声は、涼やかなソプラノであった。

 背丈も随分低いので、どこからどう見ても完全に女の子だ。

 おまけに、俺を転生させた女神に勝るとも劣らないほどに美しい。

 性別自体は普通に男なんだけど――ま、んなことはどうでもいいか。


 軽く髪を整え、服を着替える。

 支度を終えると、部屋から出て、食卓へ向かった。

 無駄に広い廊下を歩きながら、ふと過去に想いを馳せた。


 ――この世界に転生してから、今日で丁度十二年になる。


 俺が今住んでいるのは、大陸の中央部に位置するエルドア王国の辺境だ。

 他の地域に比べると魔法に関心のある者が多く(俺自身はそこまで遠出をした経験がないので、実態は確かめようがない)、大体の高名な術師はこの辺りで生まれるんだとか。

 知ったこっちゃねえけどな。


 この俺が生まれたのは、ドラゴリュート――国内でも有数の貴族の家だった。

 龍の持つ魔力を抽出する研究で名を挙げて、王家に目を掛けられるようになったらしい。

 ていうかやっぱドラゴンとか実在するんだな、この世界。


 ――まあ、両親は共に“魔法の才なき存在に価値はない”と本気で考えているくらいには魔法狂いなので、その程度の偉業を成していても不思議ではない。

 もっとも、その手の思想を持つ家は割と多いんだけど。

 大したセンスもないくせに随分と大口を叩けるものだとは思う。


 などと考えている内に、食堂の扉の前に辿り着いた。

 無駄に巨大な扉に手を触れ――魔力を通す。


 この扉は、ある一定値の魔力を注ぎ込まなければ決して開かない。

 そう、“一定値”だ。

 ただバカみたいにエネルギーを通すだけでは意味がない。

 決められたラインまで、精密に力を込めねばならないのだ。


 日々の修行のために両親が作った物らしいが……。

 全く、アホらしい。

 この程度じゃ、修行どころか眠気覚ましにすらならないっての。

 五歳で書斎にある魔導書全てに載っていた魔法をマスターし、その翌年に、家へ遊びに来た大賢者とか呼ばれている爺さん魔術師を念動力だけでボコボコにした俺にとっちゃヌル過ぎる。

 大人の魔法使いは、これを開くのに三日は掛かるそうだが。


 そして数秒後――扉が軋み、あっさりと開いた。


「おはよう、シズム。今日は早起きだな」

「おはようございます、お父様」


 女神の計らいか、前世と変わらぬ名で、深く、力強い声を掛けられる。

 この世界の父親に、俺は礼を返した。


 ――内心、不愉快で不愉快で仕方がなかった。

 なぜ自分よりも劣る人間に頭を下げねばならないのだ。

 家族の絆など知ったことか――能力もない癖に偉ぶりやがって。


 などという本音は隠して、その隣に座る母と姉にも頭を下げた。


「お母様と、お姉様も。おはようございます」

「ええ。――ああも容易く開けてしまうとは、今日も見事ね」

「……」


 絹糸のような銀髪、エメラルド色の瞳。

 自分の容姿、それから線の細さは母親に似たのだろう。

 髪をなびかせ、彼女はこちらへ笑みを向ける。


 一方、汗まみれで息を切らしている姉は俺をぎろりと睨み付けるばかりだった。

 ウェーブの掛かった焦げ茶色の長い髪に、鋭い目つき――

 美しくも近寄りがたい彼女の容貌は、父にそっくりだ。 

 妙に疲れているのは、扉を開けるのに手こずったせいだろう。


 席に着いた俺は、姉の瞳を見つめ返してみた。

 びくん、と彼女は震える。


 ――弟に文句を言うことすらできないのか、このザコは。


 どうやら姉は魔法の天才たる俺に劣等感を抱いているらしい。

 昔、俺に喧嘩を売った挙句、返り討ちに遭ったのを根に持っているようだ。

 未だに努力を重ねているらしいが、ハッキリ言って無駄な試みだ。


 可哀相な姉を軽く鼻で笑ってやる。

 途端に彼女は頬を屈辱で真っ赤に染め、俯いてしまった。


 そんな姉弟の無言のやりとりに気付いているのかいないのか、父は手を組んだ。


「――今日は、我らドラグリュート家にとって、記念となるであろう」


 ウェーブの掛かった赤毛の奥から、父の鷹のように鋭い目が覗く。

 この勿体ぶった話し方は嫌いだ。


 ただ、どうやらこれは俺に対する信頼の表れらしい。

 魔法の才のみで人間を判断してしまう人格破綻者の父母は、基本的に魔法を使えない、或いは魔法が下手な人間を「要らないもの」として扱う。

 だから多分、彼らは使用人や姉のことを「何だか知らないけど、やたらに動き回る肉塊」くらいにしか考えていない。

 そんな連中が、あんな重っ苦しい感じで他人と話すというのは相当凄いことなのだ。


「なぜなら、シズム――」


 そんな狂気を内に秘めた父は、俺に期待と興奮の入り混じった瞳を向けた。


「稀代の神童が、世界最高峰の魔法学院たる“エスト”に入学するのだからな」


 エスト――

 世界でもトップクラスに優秀な魔法使いしか入れないという四年制の魔法学院。

 一度入学さえしてしまえば、後は出世街道まっしぐら。

 三〇を過ぎてなお入学を諦めないようなのもゴロゴロいるらしい。

 俺はロクに勉強もしないまま受かったが。


 しかし、入学さえしてしまえば――というのは間違いだ。

 エストでは入学試験(ここで大半の志望者が振り落とされる)を通過した者へ、更に“クラス判定”を受けさせる。

 判定の結果次第で生徒をSクラスからCクラスまでに振り分けるのだ。

 出世したいのならば、最低でもBクラスには入らなきゃいけないらしい。


 ちなみに、Sクラスに振り分けられた生徒は、学院の歴史の中でも数えるほどしかおらず、またその全員が歴史に名を残す伝説的魔法使いになっているんだとか。

 なかなか面白い話だ。


 ――当初、エストに入学しろ、と言われた時は正直乗り気ではなかった。

 学校なんて凡人の吹き溜まりのような施設だしな。


 だが、その後何となく調べていくうちに、どうやらエストはなかなかに愉快な場所であるらしいことが分かってきたのだ。

 無論、まっとうに学問を学ぶつもりなど更々ない。

 どうせ教師よりも俺の方が魔法上手いし、理解も深いし。

 だけど――くく、楽しみだな。


 ちなみに、俺がどのクラスに入るつもりかは既に決まっている。

 まあ言うまでもないだろうけど。


「期待しておるぞシズム。我らの偉大さを、凡人共に思い知らせてやるのだ」


 無論、そのつもりだ。

 何の感慨も持たぬまま、決意に満ち溢れた表情を適当に取り繕う。


「勿論です、お父様――ドラゴリュート家の力を、存分に示して参りましょう」




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