駄目だったよ
「落ち着いた? エリック」
「……うん。ありがとう、ロッダ」
水を啜り、タオルで顔を拭う。
大きく息を吐いて、僕は椅子に深く腰掛けた。
誰もいないロッカールーム――皆、既に試合が始まっているようだ。
マーカスは、他のチームの応援に回っている。
今、この場に居るのは僕とロッダだけだ。
――結局、戦意を喪失したとみなされた僕らは、不戦敗となった。
Cクラス四年の連敗記録が、これで一つ更新された訳だ。
ほんの数十分前の失態を思い出す。
叫び、泣き、喚き、涙と鼻水を撒き散らした挙句、トドメに失禁。
恥ずかしいなどと言うレベルではない。
きっと、卒業まで僕のあだ名は相当ロクでもないことになるだろうな。
ははは……。
だけど――両手で顔を覆う。
本当に悔しいのはそこじゃない。
公衆の面前でとんでもない有様になったことよりも、試合に負けたことよりも、堪え難いものが一つあった。
僕は、安心しているのだ。
恥辱を晒したことも、敗北したことも確かに凄く苦しい。
――でも、あいつと戦うよりはずっとマシだ。
そう、思ってしまった――思い続けているのだ。
情けない、本当に情けない。
せめて立ち向かおう、挑む前から諦めるなんてよそう、といった傍からこれだ。
きっと、今、世界で一番どうしようもないのは僕だ――
「……試合のことは、気にしないでね」
「っ」
ずきん、と胸が痛む。
ロッダはどこか悲愴な笑顔を浮かべた。
「仕方がないわ。相手が、あまりに悪過ぎたんだもの……」
「……ごめんよ」
「ううん。謝るようなことじゃない」
何でもないみたいに、彼女は首を振った。
――嘘だ。
直感的に察した。
何せ入学してからの仲だ、どういう性格なのかはよく分かっている。
普段は物静かでマイペースだけど、心の中では誰よりも熱い気持ちを秘めているのがロッダなのだ。
きっと、今回のトーナメントに一番期待していたのは彼女だろう。
本当は死ぬほど悔しいのだろう。
悲しいのだろう、泣きたいくらい辛いのだろう。
僕のことを思い切り責めたいだろう。
でも、彼女はそうしなかった――それが全てだ。
――なんてどうしようもないクソ野郎なんだ、僕は。
情けない?
苦しい?
恥ずかしい?
バカじゃないのか。
彼女の――Cクラスの期待を裏切ったのは他でもない僕自身なのに。
自分を責める言葉が、ぐるぐると頭の中を巡る。
僕は駄目なヤツだ、駄目なヤツだ、駄目なヤツだ――
――ぱちん。
「ほら、しっかりして。まだ、全部が終わった訳じゃないのよ?」
「え……」
ロッダは両手で僕の頬を挟んだ。
彼女から見たら、さぞかしマヌケな風情になっているであろう口を動かす。
「それって、どういう――」
「他の学年の子の試合が、まだ残ってるじゃない」
「……あ」
ぽん、と彼女の手が外れる。
そうだ、その通りだ。
このトーナメントは全クラス――そして、全学年合同でもあったのだ。
すっかり忘れていた。
まだCクラス一年、二年、三年の試合は終わっていない。
それに、よく考えてみろ。
確かに僕らの対戦相手は最悪だった――何せ、Sクラスだ。
だけど、他学年までそうとは限らない。
全ての学年でSクラスと当たるだなんて、流石に無理がある。
運営サイドが、どれだけ裏で手を回そうと、だ。
まだ諦めちゃ駄目だ――まだ、希望は――
「……ただいま」
マーカスの声と共に、ロッカールームの扉が開いた。
ドクン、と心臓が跳ね上がる。
僕は勢いよく椅子から立ち、彼の元へ駆け寄った。
「マーカス! その、試合の時は――」
「いや、もういいんだ、エリック。俺は気にしていないよ」
謝罪しようとする僕を、マーカスは苦笑しながら制する。
……もしも逆の立場だったならば、僕はきっと彼を一生許さないだろう。
本当に、大人だ。
自分の至らなさにモヤモヤする。
だが――今は、それ以上に気になることがある。
「それで、その――下級生チームの試合は、どうなったんだ?」
「ああ。……うん、駄目だったよ。完敗だ」
「……そっ、か」
直に聴かされると、やはりショックは大きい。
でも、と僕は笑う。
「別に全部の学年が初戦敗退した訳じゃないんだろう? あれだけ頑張ったんだ、どこか一回くらいは――」
「…………いや」
マーカスは、気まずそうに呟いた。
「――駄目だったよエリック。Cクラスは、全学年初戦敗退だ」
……………………は?




