闇より昏き
緑色の瞳。
その奥。
焼け付く何か。
燃える。
燃える。
目が合った。
合ってしまった。
ドス黒いものが眼球の中に入り込んでくる。
止めろ。
止めろ。
真っ赤な血が脳味噌の中で吹き出す。
体液という体液が膨れて弾けて僕をズタズタにする。
溢れる。
溢れる。
名伏し難き混沌が僕の精神を介して肉体を蝕む。
無数の触手が飛んでくる。
ああああああ窓に、窓に、窓に、窓に。
忌まわしい姿だ。
恐るべき、汚らわしい姿だ。
嫌っている。
憎んでいる。
蔑んでいる。
哀れんでいる。
見くびっている。
他でもない自分自身が一番嫌いなのだ。
だが本質的には彼は平等だ。
平等に全てを嫌い、憎んでいるのだ。
自分も他人も環境もその他全てを彼は等しく嫌っている。
内心では全てをブチ壊したい、ブチ殺したいと願っている。
まるで破壊をもたらす神のように。
彼は世界の真理を知っている。
足掻いても足掻いても結局どうにもならないことがあると知っている。
そしてそれは己にとって酷く身近なことなのだと知っている。
とうの昔に何もかもを諦めているのだ。
全部が無駄なのだと思っていて、だから、だけど、だけど。
勝てない勝てない勝てない。
絶対に彼には勝てない。
いや違う。
戦ってはならない。
勝負を挑んではならない。
死ぬ。
死んでしまう。
心をズタズタにされる。
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
――駄目だ!!
「うわあああああああああああああああああああああああっ!!」
「え、エリック!? どうしたっ!?」
僕は叫んだ。
叫ばざるを得なかった。
でなければ狂ってしまう、見透かされてしまう。
本心を、見抜かれてしまう。
「あ、ああっ、あ、あああああああっ……」
「しっかりしろエリック!! 俺の目を見ろっ!!」
「まさか、あいつにやられたの!? ドラゴリュートが何かしたのね!?」
身体中がガタガタだ。
心が廃れる。
裂ける。
八つ裂きにされる。
何にも考えられない。
考えたくない。
「審判っ!! これは明らかな先制攻撃、ルール違反だっ!!」
「こんなの反則よ……卑怯だわ!!」
「……いいえ。魔法を行使した痕跡は確認できません」
「なあっ……!?」
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
助けて。
見られたくない。
見られたくない。
「あ、ありえねえだろ!? どう考えても精神に作用する術が使われてるぜ!?」
「思考攪乱の呪いは、必ず特異な魔力光を発します。ドラゴリュート選手から、その反応は見られません」
「嘘よ……そんなの、嘘!! でっち上げよ!!」
怖い。
怖い。
「……あのな。言っとくが俺は何もしていないぞ。勝手にそいつが倒れただけだ」
「ふ……ざけるなあああっ!!」
「Sクラスだからって、クラスが上だからって、劣等生だからって何をしてもいいとでも思ってるの!? 踏みにじってもいいって、そう思ってるの!?」
「ああ。思っているぞ」
「っ!?」
恥ずかしい。
恥ずかしい。
何でもいい、縋るものが欲しい。
頑張ったねって、よくやったねって言って欲しい。
助けてくれ。
ああ。
あああ…………。
「才なき人間は、才有る人間に弄ばれるのが世の常だろう。俺はその道理に従うだけだ。……ま、それはそれとして、そいつに何もしていないのはマジだけどな」
「ぐうう……エリックっ!! お前も言い返……うわあっ!?」
下半身――股ぐらから熱いものが感じられた。
「あ、あなた、漏ら……」
あはははは、漏らしちゃった。
怖過ぎて漏らしちゃった。
学校中の生徒が集まる前で漏らしちゃった。
あはははははは。
ははは。
ほんとに恐ろしいものを見たよ。
気が狂ってしまいそうだ。
いやもう狂っているのかもしれない。
怖い、怖い、怖い。
ああああああああああああああああああああああああああ。
「…………け……る」
小さく呻く。
嫌だ。
もう嫌だ。
「きけん……棄権、する。僕らは棄権する……」
二人が、ポカンとしているのが見える。
「エリック……? お、お前っ……?」
「え……あ? 何、を……?」
そして――ロッダが掴みかかってきた。
「ふ――ふざけたことを言わないで、エリック!! そんな調子じゃ――」
「……駄目だ」
知らず、涙が溢れる。
ロッダは驚き、手を放した。
「駄目だ、駄目だよう、嫌だ、棄権する、ここに居たくない、居たくないよ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、あいつとだけは、あいつとだけは」
――あいつとだけは、戦いたくないんだ。
僕はそのままずるずるとしゃがみ込み、泣きじゃくった。
二人は、観客は、審判は――茫然と、黙りこくり続けていた。




