対峙
「正面から立ち向かったら、まず勝ち目はないと考えていいと思う」
連絡通路を歩きながら、僕はマーカスとロッダに言った。
「とにかく逃げに徹するんだ。バリアの硬度をできるかぎり高く保ち続けて、反撃は余裕があれば繰り出す程度で構わない。なぜなら――」
「実戦経験の薄いヤツは、ペース配分ってモンを考えない。戦いが長引けば長引く程焦れて、攻撃が大雑把になっていく」
「結果、あっという間に魔力が尽きるから、そこを狙う。だよね、エリック?」
「……お見事」
考えを完璧に先読みされ、内心舌を巻く。
してやったり、とばかりに二人はニヤリと笑った。
以心伝心とはこのことか。
改めて、二人の顔を見つめる。
マーカス。
クラス一の不良。
始めは僕の話に全く興味を持ってもらえなかった――むしろ反発していた。
けど、根気強く対話を続ける内に、彼の心にも熱いものがあるのだと分かった。
今じゃ、一番の親友だ。
ロッダ。
背が低く、物覚えの悪い女の子。
魔法はいまいちパッとしない――この学院で最も術が下手なのは彼女だろう。
だけど、僕の話を真面目に聞いてくれたのはロッダが最初だった。
彼女がいたからこそ、僕はここまでやってこれた。
Cクラスの全員――彼らから受け取った意思、その全てを結実させる時が来た。
緊張で、喉が、口の中がカラカラだ。
手に汗が滲む。
立ち向かう時が来たのだ。
やがて、通路の出口が見えてきた。
光と、歓声が響く――僕らの決戦の地だ。
「……ブチかましてやろうぜ、エリック」
「私たちなら必ず勝てるよ。絶対に、絶対に勝てる」
「うん」
肯定で応じる。
二人は、決然とした表情で大きく頷いた。
――だけど、正直に言おう。
僕はまだ、Sクラス相手に勝利を収められると信じ切れていないのだ。
恐らく、可能性は一パーセントにすら遠く及ばないだろう。
奇跡に奇跡が重なって、ようやく一撃を入れられるかどうか……。
それでも相当甘い目算だ。
……それでも。
扉を潜り抜ける。
瞬間――三百六十度、全方位から浴びせ掛けられる罵声。
「おいおい、本当に来やがったぜ、万年最下位のCクラス連中が!」
「つっまんねえ試合になりそうだなあ……」
「ザコはザコらしく一方的にいたぶられておけよ?」
「お前らにとっちゃ人生最後の大舞台なんだ、精々楽しませてくれよな!」
「ぎゃははははははっ!」
一瞬、怯みそうになる――が、その背中に衝撃が走る。
「あんなモンに気を取られんなよ」
言って、マーカスはウインクをした。
笑い、僕は返す。
「分かってるさ。ありがとう」
それでも、立ち向かいすらしないまま諦めるのは、絶対に嫌だ。
どんなに実力の差があっても、才能の差があっても、可能性がゼロでないのならば、その一点に全てを注ぎ込んでやるんだ。
舞台に立つことすら諦めるようなことなんかするもんか。
嘲笑が何だ、侮蔑が何だ、今更悪口程度じゃへこたれないぞ。
全部に負け続けてきた僕だからこそ、強く在れるんだ。
進む、進む、進む。
階段を昇って、不安を押し潰して、ついに舞台に立った。
まだ相手の姿はない。
試合開始まで、あと数分もないというのに。
準備に手間取っているのだろうか。
それともCクラスなんかと戦う気などないという意思表示か。
或いは、クラス対抗トーナメントなどにハナから興味がないのか。
僕らの方にばかり向いていた罵声は、段々、ドラゴリュートへぶつけられるようになった。
「いつになったら試合が始まるんだ!?」
「焦らすのもいい加減飽きたぜ!」
「まさか、劣等生クラスにビビって逃げたんじゃねえだろうなあ!」
「Sクラスだからって調子乗ってんじゃねーぞ!」
惨々たる言われようだ。
一年生とは言え、最上位クラスの生徒だというのに、報復が怖くないのか?
……いや、Sクラスと会う機会などそうそうないが故に、その力の程を測りかねているのだろう。
もっとも、去年のSクラス対決を見たことのあるヤツは静かなものだが。
しかし――と僕は腕時計をチェックした。
試合開始まで、残り二分を切っている。
このまま相手がこなければ、不戦敗で僕らの勝利だ。
……あれだけ意気込んでおいて、結果がそんな感じってのも締まらないが、まあ勝ちは勝ちだ。
あと、数十秒。
もうちょっとで(過程はともかく)Cクラス史上初の初戦突破だ。
つい胸が高鳴ってしまう。
「…………」
そこで気が付いた。
「あれ、どうしたんだい? 顔が真っ青だけど」
ロッダの様子がおかしいのだ。
……確か、彼女は魔力に敏感な性質なんだったか。
これだけ大勢の魔法使いが集っているのだ、気分が悪くなってもおかしくない。
心配そうにマーカスが言う。
「おい、ロッダ、しっかりしろ。まずは深呼吸を――」
「……来る」
小さく彼女が呟いた。
一体何が、と聞き返そうとして――
その答えが、分かった。
背筋が粟立つ。
ぞくぞくする――魔力理解が不得手な僕ですら、察知は容易だった。
――途方もなく巨大なエネルギーを持った術師が、こちらへ接近してきている。
冷たい、冷たい魔力だ。
情の欠片もない、喧噪も静寂も優も劣も全て踏みにじる、大きな力だ。
そいつが、それが、どんどん迫ってくる。
――シズム=ドラゴリュートが、やってくる。




