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クラス対抗トーナメント



 大型のスタジアムに響き渡る、暴力的な爆音。

 鼓膜を突き破らんばかりに飛び交うお喋り、罵声、怒鳴り合い、食べ物を咀嚼する音――その喧しさが、今の僕にはありがたく思えた。


 大きく吸って、大きく吐いて――

 鼓動を少しでも鎮めるべく、僕は深呼吸を繰り返す。

 胸に手を当てる――閉じていた瞼を、ゆっくりと開いた。


 ああ、とうとうこの日がやってきてしまった。

 ――クラス対抗トーナメントが。


 別に難しいことはない――名前まんまのイベントだ。

 各クラス、そして各学年ごとに代表となる三人一組のグループを三つ選出し、トーナメント形式で試合を行うのだ。


 ルールは至って単純で、相手グループを戦闘不能状態まで追い込んだ方が勝ち。

 攻撃に用いることができるのは魔法のみで、武器やマジックアイテムの持ち込みは原則禁止。

 ただし試合中に魔法で作り出した物品の使用は可。

 極端に殺傷能力の高い、死の危険があるような術は放った時点で反則負け。

 決闘のルールとほぼ同じだ。


 クラスや学年の垣根を越えた戦いの中で、チームプレイや互いの力量を知るオリエンテーションのようなもの――というのが目的とされている。

 しかし、実際はそんな甘っちょろいイベントじゃない。


 建前上は、どのような結果を残そうと成績には反映されないと説明されている。

 が――実際はバリバリ評価に関わる。

 ただのお祭りみたいなものだ、と考えていると痛い目に遭うだろう。


 おまけに、基本的にクラスや学年関係なく試合は組まれるので、自分たちより遙かに格上の相手と戦わざるを得ないこともザラだ。

 これは、もし己の力を上回る強敵に出会った際、どれだけの対応力を発揮できるかを見るためであるとされている。


 ちなみに新入生は殆どの場合ボコボコにされる。

 ――というか、ここで先輩や上位クラスの連中に上下関係を仕込まれる。

 ルールに反しない程度に、じっくりと、ゆっくりといたぶられるのだ。


 この学院では、暴力、窃盗、酷い場合は強姦――格上の生徒から格下の生徒への犯罪まがいの行為が当たり前のように飛び交っている。

 しかし、そこで反抗する者はいない。

 ――このトーナメントで、力の差というものを徹底的に覚え込まされるからだ。


 そして、もう一つの理由――僕は、両手の指を組み合わせた。


 それはCクラスに対する“嫌がらせ”だ。


 合同演習で心折れず、モンスターに立ち向かう気概を見せた者には、一先ずある程度の評価が与えられる。

 だがそれはBクラス以上の生徒の話だ。

 演習でどれだけ活躍しようが、Cクラスにまともな評価は与えられない。


 そもそもCクラスとは、入学試験には合格しているが、根っこか家柄、もしくはその両方が水準を満たしていない生徒――実質的な不合格者のための場所だ。

 だから学院はCクラスにとことん冷たく当たる。

 不合格者を、劣等生を一人でも多く退学に追い込みたいと思っている。

 その一環がこのトーナメントなのだ。


 今までに、Cクラスが予選を勝ち抜いた例はない。

 大抵の場合、一回戦からAクラスとの試合を組まされるからだ。

 つまり学院はCクラスを勝たせる気がない――晒し者にしようとしているのだ。

 惨めな、無様な姿を晒させて――僕らの心をへし折ろうとしているのだ。

 自主退学に追い込もうとしているのだ。


 僕はポケットから学生証を取り出した。

 ――Cクラス、第四学年、エリック=レミントン。

 名前すら、家柄すら凡庸な、ただの凡人だ。

 狂ったように勉強してエストに入学して、そこがゴールラインなのだと勘違いしていたただの愚か者だ。

 そして、Cクラス四年の代表者の一人でもある。


 今日に備えて、徹底的にトレーニングを重ねてきた。

 図書館の魔導書から、役立ちそうな術を片っ端からリストアップし、覚えて――

 毎日最低六時間は瞑想に取り組み、少しでも魔力を高めて――

 チームメイトたちと何度も作戦会議を繰り返して――


 本当に、苦しかった。

 実戦で使える段階まで持っていけた魔法は、想定の一割にも及ばない。

 増えた魔力は、僅か数秒念動力の持続時間が伸びるか伸びないかといった程度。

 勝てる訳ねえだろ、という同級生のぼやきに怒鳴り返したくなったことは一度や二度じゃ済まない。

 自分の才能のなさを思い知らされる日々だった。


 それでも、と学生証を握りしめる。

 最後にはCクラスの全員が協力してくれた。

 血ヘドを吐き、汗にまみれ、足掻き続ける僕らの姿を、ついに信頼してくれたのだ。

 各学年ごとに三人ずつ、四グループ・十二人――それぞれが学年の垣根を越え、一致団結した。


 その時始めて、凡庸な僕らは、特別な何かを得ることができたのだ。


「――エリック。もうすぐ試合の時間よ」


 不意に、柔らかな声が耳に届く。

 振り返ると、そこに立っていたのは僕のチームメイトの女生徒だった。

 彼女は僕の手を取り、言った。


「そろそろ、控室に行っておきましょ。遅れたら大変だもの」

「ん……そうだね。作戦の最終確認もしておきたいし」


 だって、僕らは――と、彼女の手を握り返す。


「絶対に、負ける訳にはいかないんだから」


 そうだ。

 今回は、今回ばかりは何が何でも負けられない。

 エスト――世界最大の魔法学院、だなんてふざけた話だ。

 本当は利己主義で冷酷で残忍な救いようのないクズ共の掃き溜めに過ぎない。

 救いようのない、ただの地獄だ。


 散々家柄でバカにされてきて、見返してやるためにバカみたいに勉強を重ねて、ここに入学して、やってやったと思った途端に奈落へ突き落とされて。

 ――だからこそだ。


 あんなクソ野郎共に、僕らの努力に意味はないだとか、存在価値はないだとか、そんなふうなレッテルを貼られたまま卒業するだなんて堪えられない。

 見せつけてやりたいのだ。

 Cクラスにだって、意地はあるのだと。

 家柄に恵まれてなくたって、才能がなくたって、戦えるのだと。


「僕らの努力が無意味だなんて――絶対に言わせないんだ」


 力強く、僕は前を見据えた。




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