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転生



「――何という、哀れで無意味な人生でしょう」


 彼方から響くかのような、どこか儚げな声が聞こえた。

 俺は弾かれたように上体を起こした。


 ……俺は……死んだ、のか?


 立ち上がり、辺りをきょろきょろと見回す。

 何もかもが真っ白な場所だった。

 まさか、ここが死後の世界なのだろうか。


「必死に努力を重ねても、目標には遠く及ばない。心を寄せていた異性は、より容姿の魅力的な男に奪われる。これほどまでの悲劇が、他にありましょうか」


 再度届く、涼やかな声――まるで脳に直接語り掛けられているかのようだ。

 不快ではないが、しかし……。

 困惑する俺の目の前に、突如、光の粒子が集まってきた。

 光はやがて形を成していき――俺は思わず息を呑んだ。


「私は貴方を哀れんでしまいました。故に、もう一度、新たな人生を与えて差し上げましょう。――貴方の願いを、ひとつだけ叶えた上で」


 眩い黄金の髪と瞳。

 愛らしく、また美しいかんばせ。

 すらりと高い背、優美な立ち振る舞い。

 背から伸びる、翼とも光輪ともつかない輝くプリズムの束。

 人間に、いや、血の通う生物には絶対に再現できないであろう美貌――彼女と比べれば幼馴染などブタも同然だろう。

 近寄り難い、次元の違う何かを帯びた――あらゆる全てを超越した女性が、そこに佇んでいたのだ。


 ……クソ、さっきから想像の範疇を超えたことばかりが起こりやがる。

 彼女は一体何者なんだ?


「――戸惑っていらっしゃるようですね。無理もありません」


 っ!?

 鼓動が跳ね上がる。

 心を、見透かされた……!?


「申し遅れました。私は、この宇宙の管理者――そうですね、貴方の知識と価値観に合わせるならば、神という概念に近しい存在です」


 完璧なバランスで形作られた唇を緩く曲げて、彼女は笑った。

 だが、その様の美しさに感嘆する余裕など、今の俺にあろう筈がない。


 神――女神、だと?

 何がなんだかさっぱり分からない、俺の身に何が起こっているんだ。

 それに、新たな人生って――

 つまりあの、ラノベとかでよく見る転生のことか?

 しかも、願いをひとつだけ叶えた上で?

 冗談のようだ、まるで漫画やアニメの世界の話じゃないか。


 ……だが。


「た……頼む、教えてくれ」


 バカげている――自分でもそう思った。

 訳の分からない空間、訳の分からない女、訳の分からない言葉――

 そんな状況で頼む、だの、教えてくれ、だの、正気の沙汰とは思えない。

 それでも――それでも。

 震える喉で、俺は女神に問うた。


「俺が、その……転生する世界ってのは、どんな所なんだ?」


 呈された疑問に、女神は薄く微笑んだ。


「――貴方がこれから向かうのは、魔法と家柄、二つが全てを支配する世界です」


 文化レベルは、貴方の生まれ育った惑星の中世ヨーロッパと同程度。

 ただし魔法という特殊な技術が存在しているため、ある一定の分野においては、貴方の世界を上回る優れたテクノロジーが生じています。


 そして、魔法という力は生まれつき、使える者と使えない者が存在します。

 前者は努力を重ねればある程度力を伸ばせますが、結局は才能が全て。

 必ずどこかで限界という名の壁にぶつかり、それを打ち破ることは叶いません。

 また、後者がどれだけ研鑽を積もうと、魔法を習得することは不可能です。


 そして、優れた魔法の才を持っていようと、生まれが下賤であれば、その力を活かせるだけの地位を得ることは叶いません。

 多くの場合、野に下るか、犯罪紛いの行為に手を染めて外道に堕ちます。


「――それが、貴方が生を受ける世界です」


 訥々と語る女神。

 俺は、その話を聴き――


「ふ、く、くく……はははははっ」


 笑いが、こみ上げてきた。

 悠然と佇む女神に、俺は一歩近づいた。


「なあ女神。お前は言ったよな――どんな願いも、一つだけ叶えてくれるって」

「ええ。貴方の望むまま、あらゆる力を差し上げましょう」

「あらゆる力、か。……はは、決めた。決めたよ」


 努力では決して越えられない壁がある?

 才能のないヤツは何をどうしたって才能のあるヤツには叶わない?

 生まれつきに持ち合わせていたもののせいで、望む未来が訪れない?

 笑えてくる――愉快だ、実に愉快だよ。


 そんなの、日本と――いや。地球の摂理と何も変わらないじゃないか。


 奇妙な悦楽が迸る。

 もはや恐怖はなくなっていた。

 笑みを抑え切れないまま、俺は言う。


「――俺が望むのは、魔法の才能だ」


 容姿が劣っていたから、幼馴染は俺ではなくヤツを選んだ。

 技術が拙かったから、皆は俺の絵をバカにした。

 才能が少しもなかったから、俺の技術はろくすっぽ成長しなかった。

 ふざけた話だ。


 全ては最初に配られた手札で決まる。

 努力でハンディキャップが乗り越えられるというのは、ハナから恵まれていたヤツの戯言か、能無しの夢物語に過ぎない。


 かつては俺もその能無しの一人だった。

 しかし、今は違う。

 現実ってヤツを嫌というほどに思い知らされた。

 だから――だから、今度は――


「誰よりも偉大で、誰よりも優れた……最高のギフトが俺は欲しい。そして、世の凡人共に教えてやるんだ。お前らの重ねる努力に、意味なんかないんだって!」


 女神は、慈母の如く、微笑んだ。


「――願いを、聞き届けました」


 瞬間、俺の全身は眩い光に包まれた。

 酷く暖かい――まるで、母の腕に抱かれているような――


「貴方には、究極の才を授けます。幾億の星々を滅ぼし、無限大に広がる宇宙を呑み込んでなお収まらぬ程の絶大なエネルギー、森羅万象を操るセンス、一を知り全を成す無二の知性――その全てを兼ね備えた貴方は、まさしく至高の存在となることでしょう」


 ……なるほど。

 ああ、そうだ――聞き忘れていた。


「その……俺が死んだ後、夏美とヤツはどうなったんだ?」


 問いを受け、女神は静かに瞼を閉じた。


「男の方は、貴方を自殺に追い込んだ原因を問われて退学。女の方は、自責の念に憑りつかれて、夜の街を彷徨っています」

「……そう、か」


 ゆっくりと溶けていく――光に包まれ、全てが解ける――

 薄れゆく意識の中、最後に女神の声が鼓膜に届いた。


「――竜胆シズム。貴方の不幸と痛みにまみれた生涯を、私はずっと見守ってきました。現世に干渉できぬ私をお許しください――貴方はもう、十分過ぎるほどに苦しみました。だから、どうか、その来世が幸せに満ちていますように――」


 そして――大きく光が弾けた。




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