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屈辱



「う――ああああああああああああああああああああっ!!」


 斬る、突く、払う、撃つ、燃やす、燃やす、燃やす。

 闘志を奮い起こして、喉が裂けるくらいに叫んだ。

 握りしめた根っこ――“炎を纏った黒金の杖”を無我夢中で振り回す。

 ベヒーモス目掛けて、純度百パーセントの敵意をぶつけまくる。


 だがヤツの分厚い筋肉に、皮膚に阻まれ、まともにダメージが通らない。

 馬力がまるで足りていないのだ。


 悔しさに歯を軋ませたその刹那、思考が途切れた。

 生じる一瞬の隙――同時に、猛烈な勢いで迫るベヒーモスの極太の尾。

 バリアを張り損ねて、激しい一発がモロに直撃した。


 激痛――腹から熱いものがこみ上げてきた――骨が軋む、たわむ、へし折れる。

 血と死骸と吐瀉物を置き去りに、私は彼方へと吹き飛ばされた。


 畜生、畜生、畜生。

 ボロボロになった根っこを杖代わりに、よろめきながら立ち上がる。

 Bクラスは勿論のこと、Aクラスも皆既に力尽きた。

 弾除けに使ったCクラスも全滅している。

 残っているのはもはや私だけだ。


 走馬灯のように記憶が蘇る。

 ――判定でAクラスに認定された時は、本当に惨めだった。

 自分の才能がSクラスには及ばない――“成果なし”のシズム=ドラゴリュート以下だということがたまらなく屈辱だったのだ。


 部屋に戻った後は、アリス=フォルミヘイズ――私の名が書かれた認定書を投げ捨て、一晩中泣き続けた。

 ようやく気持ちを切り替えられたのは、ほんの数日前だ。

 まだ全てが終わった訳ではない――今、ヤツを超えられずとも構わないのだ。

 地道に修行を重ねて力を付け、そして目に物を見せてやればよい。

 そう自分に言い聞かせた。


 私は決めた――必ずドラゴリュート、ヤツを超えて、打ち倒すのだと。

 “成果なし”がSクラスなど、相応しくない。

 何かの間違いだ……そんなの絶対に許されてはならない。


 だって、そうでなきゃ……。


 ――私の視界を真っ赤な閃光が埋め尽くす。

 音よりも先に突き刺さる衝撃波――根っこを地面に突き差し、辛うじて堪える。

 魔力の付加された、物理破壊を伴う咆哮……とりあえず凌げたか。

 今は一旦距離を取り、体力の回復に集中しなければ――


 ――瞬間、背筋を冷たいものが駆け登った。


「な……によ、それ……」


 無意識の内に口から飛び出す恐怖。

 嘘だ、こんなの嘘だ、理不尽だ、ありえない、ありえない、ありえない。


 ベヒーモスは鼓膜が弾けるほどの大音量で咆哮し――

 目に見えるほどの濃密な赤黒い魔力を、全身に纏ったのだ。


 こいつはまだ、これほどまでの力を隠し持っていたの?

 こいつは、宮廷魔導師と同等以上の実力を持つ者しか入れないAクラス十数人と戦ってなおエネルギーをまともに消耗していなかったというの?


 ……いや、それどころか、本気を出させることすら――


 ヤツは大きく口を開いて、歯茎に突き刺さる大きな牙を剥き出しにした。

 口腔内に数メートルはあろうかという巨大なエネルギー弾が形成されていく。

 ああ、離れていても伝わってくる、理解できる、できてしまう。


 ――消耗し切った自分では、いや例え万全の状態であったとしても、あの攻撃は絶対に防ぐことができない。


 分かってしまう。

 なまじ才能があるだけに理解してしまうのだ。

 私は、目の前のモンスターを決して倒せないし――

 恐らく、あと数秒で命を落としてしまうのだと。


「い……いやっ」


 それをどうにもならない現実として呑み込んでしまって。


「いや……いやだっ」


 完全に、私の闘志は砕けてしまった。


「いやっ、いやっ、いやああああああああああああああっ!!」


 恐怖が、死の恐怖が心臓を押し潰した。

 無様に泣き叫ぶ――

 涙が、鼻水が溢れる。

 股から暖かな液体が噴き出す。


 死にたくない、死にたくない、死にたくない!

 あんな醜い怪物に殺されたくない、怖い怖い怖い怖い。

 許して、許して、父さま父さま父さま。

 痛いのはイヤ、死ぬのはイヤ、助けて助けて助けて――


「たすけてっ!! たすけてええええええええええええええええっ!!」


 喉が裂けるほどに叫ぶ、砕けた骨が猛烈に痛んだ、腕から口から血が漏れる。  誰も助けてくれない。

 当たり前だ、とうに皆死んでしまっているのだから。

 そうだ、死ぬのだ、私も死ぬのだ。

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


「たすけ――おっ、ぐ、うぇっ」


 猛烈な吐き気――魔力の使い過ぎだ。

 地面に汚物をブチ撒ける。

 もはや叫ぶ気力すら失せて、私は仰向けに倒れ込んだ。


 まだ昼前だというのに、空はどうしようもなくドス黒かった。

 立ち昇る煙が真っ赤に煌めく――ベヒーモスがいよいよ攻撃を繰り出そうとしているのだ。

 あああ、嫌だ、嫌だ、誰でもいいから助けて。


 急激に痛みが薄れていく――苦しみから解き放たれていく。

 これが、死――永久に消えるということ、なのだろうか。

 分かんないよ、消えるってどういうことなの、怖い、怖いよ――

 こんな所で、死にたくないよ――



 ……いや、ちょっと待て。



 私は上体を起こした――全身の状態を目で確認し、手で触ってチェックする。

 ……どういうこと?

 傷が――完全に治っている?

 おまけに魔力もフルパワー、ベストコンディションまで復帰していた。


 周りが次第に騒がしくなっていく――嘘でしょ?

 力尽き、倒れていた生徒たちが、失った筈の部位を取り戻した状態で次々に蘇っていくのだ。

 意味が分からない。

 欠損した肉体の治癒は不可能だと学会で結論が出されていた筈だ。


 一体、何が……誰が、これほどまでの所業を?

 周囲を見渡し、そして気が付いた――薄汚れた空に浮かぶ、銀髪の少年の姿に。

 ――私が今、最も憎んでいる人間に。



「……あいつ、ドラゴリュートじゃないか?」



 誰かが呟いて――私は、ぎり、と歯を噛み締めた。




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