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知りもしない癖に



「わ……私の、根っこ?」

「ああ。どうなんだよ」


 ふと、尋ねてみる。

 Cクラスに判定されるようなザコ根っこ如きに大して興味はなかったが、何となく気になったのだ。

 ブレイドルもここぞとばかりに便乗する。


「そうだぞアラヤヒール! お前の根っこも見せてみろ!」

「なっ!? ど、どうしてあなたなんかにっ!」

「僕の根っこは見た癖に、自分のは見せないなんてズルいぞ!」


 鋭く指摘され、ガレットは大げさに後ずさる。


「わ、分かったよ。そこまで言うなら教えてあげる……私の根っこをね!」


 妙に大げさな身振りを付けつつ、ガレットは両手を前に突き出した。

 徐々に光の粒子が膨れ上がっていく。

 む、これはもしかしたら本当に面白い根っこが出てくるかもしれんな。

 ぽん、と可愛らしい音が響き、出てきたのは――


「……なんだい、そりゃ?」


 奇跡的に、ブレイドルの言葉と俺の思考が一致した。

 いやマジかよ、これがガレットの才能なのか?


「わ、私の根っこよ」

「…………ぷっ」


 ブレイドルは堪えきれずに吹き出した。


「あはははははははっ! 冗談だろ、それが根っこ!? 玩具じゃなくて!?」

「な、何よっ! 笑うことないでしょう!?」

「だっ、だって、それ、それって――」


 笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、ブレイドルは言った。


「――それって、ただの“小さなガラス箱”じゃないか!」

「た、ただのとか言わないでよ! 秘められた力があるかもしれないでしょ!?」


 そう――彼女の掌に載せられていたのは、ごくちっぽけなガラス箱だったのだ。

 特徴らしい特徴もない、正真正銘、本当にただの箱だ。

 魔力の波動も極めて弱い。


 魔法使いの才能は、根っこの形状の複雑さで決まる――

 クラス判定でミリが言っていたことを思い出す。

 あの説明を信じるならば、つまりガレットに魔法の才能は皆無ということだ。

 何とも哀れな話だな。


 ……しかし、妙な話だ。

 ブレイドルから囃したてられまくり、涙目でこっちを見てくるガレット。

 ――そこまで才能がないのに、なぜ彼女は入学試験を突破できたんだ?


「おいおい、そんな夢ばかり見ていちゃ駄目だぞ? 嫌な部分にこそしっかり目を向け、弱さを克服しなければな」

「うう、ブレイドルの癖に正論を……。でも、その通りね」


 ガレットは涙を拭い、両手を腰に当て、ふんすと鼻を鳴らした。





「――きっと、どんなに駄目なヤツだって、前向きに努力を重ね続ければ、いつか必ず理想の自分に辿り着けるもの!」





 …………あ?


「ふん、一理あるな。確かに真に意志の強い人間は、決して挫けたりはしない」

「そうだね。どれだけ辛いことがあったって、私は頑張るのを止めないよ」

「才能の差を努力で埋めよう、という訳か……」

「あなたも今に見てなよ。所詮Cクラス、だなんて二度と言わせないんだから!」

「その意気さ。ま、精々頑張って力を付けていけば、バカにされることもなくなるだろうよ。なあ、君もそう思うだ――っ!?」


 酷く鋭いものが、俺の中を突き抜けた。

 待ってくれよ……こいつらは、一体、何の話をしているんだ?


 駄目なヤツも――能無しも、挫けなきゃ理想に辿り着ける?

 意志の強い人間は、決して挫けたりはしない?

 ははは……。


 何だよ、そのふざけた理屈は?


 ――脳裏にかつての記憶が浮かんでは消えていく。


 初めてイラスト投稿サイトを閲覧したのは、小学生の頃だった。

 子供心に凄まじい衝撃を受けたものだ。

 飛び交う極彩色、オーバーレイ、想像を絶する繊細かつ重厚な描き込み。

 クレヨンや色鉛筆で描き殴ったような代物とは訳が違う――

 それまで自分が抱いていた絵に対する既成概念は一瞬にして粉々になった。


 そして心の底から思ったのだ。

 自分も、そちら側に行きたい――いや絶対に行ってやる、と。


 絵への情熱ならば誰にだって負ける気はしない。

 この炎を絶やさぬまま走り抜けば、いつか必ずあの領域へ辿り着ける筈だ。

 そう思い込んでいた。

 だから狂ったように絵を描き続けたのだ。

 あの華やかな世界へ、一歩、ただ一歩でも近付くために。


 年月が重なるにつれて、俺は身の丈というものを思い知った。

 ある時から、突然絵が上達しなくなったのだ。

 焦った俺は徹底的に自分の癖を洗い出し、下手な部分を直そうとした。

 どうにかしないと、どうにかしないと、何とか、何とかしなきゃ――


 ――そんなことを考えている内に、ネットでは、俺と同時期に絵を描き始めたのであろう学生がスマホゲームのイラストを任されるようになっていて。

 俺はと言えば、暗い部屋の中で嫉妬に狂いながらゴミを量産するばかりだった。


 目の前の貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃん方に、あの時の気持ちが分かるのか?

 自分の全部が否定されていくような絶望感が理解できるのか?

 臓腑に鉄塊を詰め込まれるかの如き恐怖――


 あれだけ頑張って、苦しみに耐えてなお、俺は駄目なヤツなのか。

 意志の弱い人間なのか。

 まだ努力が足りないっていうのかよ。

 諦めた人間は全員クズか、疲れ果てた人間は全員弱虫か。

 ははははは。


 ガレット――こいつは随分見目がいいな。

 才能も友達も乏しいが、それだけ容姿に恵まれていたならば異性の友人も容易く作れるだろうし、結婚だって容易い筈だ。

 ブサイクだった前世の俺にそんな可能性は欠片ほども存在しなかったがな。


 ブレイドル――語るべくもない。

 凡人基準でみれば優れた才と容貌を持ち合わせており、家柄も上々だ。

 そんな恵まれたヤツが、よくまあ努力がどうだの才能がどうだの語れるな。


 ――本当に苦しい立場にある人間のことを、知りもしないくせに。


 急激に気分が冷めていく。

 俺が駄目だったのは、努力が足りなかったからなのか?

 血ヘド吐いて睡眠時間削って死ぬ気になって、それでも努力不足だってのか?

 挫けた人間は皆真剣さが足りなかったって?

 本当は負けてもいいって、俺はそう思ってたんだってことか?


 あんなに頑張ったのに、まだお前らは俺に頑張れって言うのか?



 ……下らない馴れ合いなんてするんじゃなかった。


 ふざけるなよ、クソ凡人共。




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