裏側
「――で、どう思う」
「んー? シズムくんのことかにゃー?」
机の上に腰掛けているキャットウォークが聞き返してきた。
俺は首肯する。
極めて優れた魔力感知能力を持つ彼女に意見を聞いておきたかったのだ。
問われた彼女は、細いアゴに指を当てながら唸った。
「そうにゃねえ。私は線の細い子よりも、ムキムキマッチョのが好きだにゃあ」
「……おい」
「あ、そういう意味じゃにゃいって? にゃはは、ごめんごめん」
反省の様子を毛ほども示さぬまま、キャットウォークは言った。
こいつとの家をひっくるめた付き合いは長いが、このふざけっぷりは今も昔も変わらないな。
溜息を吐き――彼女の傍に近付いて、額にデコピンをする。
「に゛ゃっ! ひ、酷いにゃあ、一日に二度もぶつだなんて……しくしく」
「嘘泣きは止さんか。俺は真剣に尋ねているのだぞ」
「あーはいはいごめんにゃさいごめんにゃさい。全く、私は君専用のレーダーじゃないのににゃあ……」
んで、とキャットウォークは真面目な顔を作った。
「――率直に言うと、ダメダメにゃね」
……うむ、なるほど。
彼女らしい、情の欠片もない酷薄かつ率直な評価だ。
「確かに魔力量にはビビらされたけれど、ほんとにそんだけにゃ。おまけに多分、“アレ”も使えなさそうな感じにゃし」
「俺も同意見だ。センスは抜群だが、鍛錬が圧倒的に足りていない」
「ぶっちゃけ根っこさえ出されにゃきゃ普通に殺れるにゃ。断言してもいいけど実戦じゃまず使い物にならないにゃよ、あいつ」
淡々と事実だけを言い連ねていくスズネ。
彼女の言は的を射ていた。
実際、あれほどまでに膨大なエネルギーを、ロクに訓練もしないまま完璧に制御している時点で天才としか言いようがなかろう。
俺もヤツが魔力を解放しかけた時は本気で神に祈りそうになった。
だが――どうしても分かってしまうのだ。
ヤツの凍り付くほどに美しいかんばせ、その裏に潜んだ強烈な悪意が。
才無き者への圧倒的な軽蔑と憐憫が。
努力、そして積み重ねといった行為に対する激しい嫌悪が。
……隠し切れないほどに濃い、慢心という名の狂気が。
あれほどの才だ――驕るのも無理はあるまい。
俺も、かつてはヤツのように己の資質を過信していた。
しかし、この学院に入り、見聞の広まった今だからこそ言えるのだ。
生まれ持った資質だけでその真髄に辿り着けるほど魔法は甘くないのだと。
“アレ”が使えないのならば、尚更だろう。
「――まず、ドラゴリュートには現実を思い知らせてやらねばな」
「現実って……校長先生のことにゃ?」
「ああ――彼女に会えば、ヤツも上には上がいるのだと思い知るだろう」
俺の提案に、キャットウォークは片眉だけを器用に上げた。
「荒療治にゃねー。心へし折られちゃったりしないかにゃ」
「その時は、正面から受け止めてやればよかろう」
君は優しいにゃねー、とヘラヘラ笑うキャットウォーク。
大方そんなにまだるっこしいことをしていないで、俺たちで力の差を分からせてやればいい、とでも考えているのだろう。
だが、それでは“任務”の際にスムーズな人間関係の構築ができなくなる。
来たるべき時のために、俺は優しい先輩であらねばならないのだ。
最も優れし魔法使いだ何だと持て囃されているが、所詮は俺達と同じ人の子だ。
そこまで常識外れの才能が備わっている訳では有るまい。
……そうだ。
俺が己の凡人ぶりを噛み締めている横で、あんな子供が天才呼ばわりなど……。
道理に合わない。
あってはならないのだ。
まあ、そこまで深く考える必要もなかろう。
ドラゴリュートもまだ幼い、ゆっくり成長していけば――
「――そんなに、彼を甘く考えない方がいい」
小さく、無感情な声――アクアマリオンの声に、思考を遮られた。
珍しいな、彼女が自ら会話に加わるとは。
「にゃ? そりゃどういうことだい、シルファちゃん」
「……彼が魔力を解放した時に、何か――とてつもなく、偉大なものを感じた」
とてつもなく、偉大なもの?
「それは、闇のドラゴンのことじゃないのか? ドラゴリュートの根っこの……」
「違う」
短く否定するアクアマリオン。
どういうことだ、と追求しようとして――気付く。
「龍の持つ絶大なエネルギーに混じって――途方もない気配があった。どこまでもどこまでも無限に広がる、大きな、大きな、気が狂いそうなほどに大きな――人智の及ばない、桁外れの何かが……彼の内側に、在った」
膝の上に置かれたアクアマリオンの両手が、震えていた。
スカートには、額から落ちたのであろう汗の雫が浮かんでいたのだ。
鬼気迫る表情で、彼女は呻いた。
「一瞬、本当に一瞬、意識を向けられただけで気を飛ばしそうになった。酷く激しい……形容し難い、次元の違う何かが、あの時、私の中を駆け抜けた……」
「ちょっとちょっと、シルファちゃん。そりゃ、幾らなんでも考え過ぎにゃよ」
キャットウォークが諌めようとする。
しかし、この動揺ぶりは一体……。
アクアマリオン――彼女は傑出した魔女だが、それ故に明らかな格上の存在と出会ったことがない。
だからドラゴリュートの放った、自身のそれを超える大きな魔力に触れ、ショックを受けてしまったのだろうか。
昔から、いまいち感情の薄いヤツだな、と思っていたが……。
案外、人並みに心配し過ぎることもあるのだな。
何だか暖かな気持ちになった俺は、彼女の震える小さな肩に手を置いた。
「キャットウォークの言う通りだ。ヤツはまだ一年生だぞ? そこまで警戒せずとも――」
「ガンドウは、分かってない」
強い口調で断言される。
流石に不愉快になったが……彼女もこれで意外と強情な方だ。
キャットウォークと顔を見合わせる――案の定、彼女も信じていないらしい。
ま、ここは大人しく話を聴いておいてやろう。
「慎重に……慎重に、やらないといけない。藪をつついて出てきたのが蛇だったらやりようはある。でも、もし、そこで龍よりも恐ろしいものが出てきたなら――」
一瞬、彼女は言葉を切った。
「――きっと、それこそが“革命”になるのだと思う」