Sクラス
授業開始を告げるチャイムの音。
俺は再びSクラスの教室の前を訪れていた。
特に何の感慨もなく扉を開くと、そこには既に三人の生徒が待機していた。
――へえ、俺以外にもSクラスに振り分けられたヤツがいたのか。
一人はマリンブルーの髪が印象的な、人形めいた美貌の少女だった。
ゴスロリとでもいうのだろうか――大仰な作りのドレスを身に纏っている。
教室に入ってきた俺を彼女は一瞥し、また手元に視線を戻した。
暗そうなヤツだな。
俺も人のこと言えたモンじゃないけど。
人形女とは対照的に、もう一人の女子は活発そうだ。
猫のように大きな瞳がこちらを興味深げに覗き込んでいる。
しかしそれ以上に短く切った髪のてっぺんから突き出した猫耳が気になる。
本物……ではないだろうなあ。
獣人って被差別階級だし。
そして最後、こいつは唯一の男子だ。
刈り上げた頭に、ローブ越しからもハッキリと分かる強靭な体躯。
質実剛健なオトコ、ってか。
俺の一番嫌いなタイプだ。
さて、黙っていても始まらないな。
取り敢えず、自己紹介でもしとくか?
「……あーっと、その――」
「にゃにゃにゃ! 噂をすれば、“最も優れし魔法使い様”のお出ましにゃね」
俺が口を開きかけた途端、軽妙な調子で猫耳女が話し掛けてきた。
急に何だそのイタい喋り方。
可愛いと思ってやってんのか?
「ついさっきまでアンタの話をしてたんにゃよ。何たって、そこら中で噂になってるんにゃもん、闇のドラゴンを従えたドラゴリュートの子息の超美少年が入学してきたって!」
猛烈な勢いで畳み掛けてくる猫耳女。
もしかしてこいつもガレットと同類なのか。
いや、そうじゃないな。
あいつは正真正銘ただのアホだったが、この猫耳女は違う。
目の奥に、確かな理性の光が宿っている――俺の真価を測ろうとしているのだ。
猫耳女は俺の手を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
上目遣いにこちらを覗き込みながら彼女は言った。
「ねえねえ、いきなりで悪いけど、Sクラス同士親睦を深めるべく――ほら! ドラゴン様の御姿を見せて頂くのって、駄目かにゃ?」
…………ああ、駄目だな。
「私の根っこも見せてあげるからっ。ね、いいでしょ、減るもんじゃにゃし!」
こういうのは、普通に不愉快だ。
能無しの分際で試すようなことをしやがって――身の程知らずにも程がある。
一筋――窓ガラスにヒビが入った。
地面が揺れる。
「んあ? 何にゃ、地震――っ!?」
わずかに、本当にわずかに――魔力を解き放つ。
それだけで学院全体が揺らぎ、悶えた。
当然の結果だ。
以前俺のエネルギー総量を計算してみたら、どうやらフルパワーの二パーセント程を解放するだけでこの星が崩壊するかもしれないということが分かったからな。
もし全力で暴れたら、マジでどうなるか想像がつかん。
が――正直な話、別に星が滅びようが俺自身は痛くも痒くもないのだ。
バリアを使えば宇宙空間でも生きられるしな。
――だから。
学院の凡人共が百や二百死んだところで、俺は別にどうとも思わない。
猫耳女は自分の愚かさを思い知ったかのようにだらだらと汗を垂らしている。
だが今更後悔しても遅い。
薄く笑みを湛えながら俺は言う。
「何をそんなに怯えているんだ? 見てみたいんだろ、俺の根っこを」
「え……に、にゃはは。や、やっぱり別に、嫌だったら嫌でも……」
真っ青な顔に引き攣った笑みを浮かべつつ、後ずさる猫耳女。
挨拶代わりに腕を一本貰おうか、と考えた瞬間――
強烈な、魔力の気配を感じた。
「に゛ゃっ!?」
俺がそれに気を取られた瞬間――ごちんっ。
重たい拳骨が、猫耳女の頭に振り降ろされた。
瞬間、魔力が霧散する。
「いい加減にしろ、キャットウォーク。貴様は礼儀というものを知らないのか」
その後ろに立っていたのは、坊主頭の男子だった。
キャットウォークと呼ばれた彼女は、涙を滲ませながら俺に頭を下げた。
「う、うう……その通りにゃね。流石に失礼過ぎたにゃ、ごめんにゃさい」
「……いや、分かってくれたのなら別にいい」
謝罪されたが、今はもうそんなことはどうでもよかった。
窓際に座っている青髪の人形女を見る。
興味なさげなそぶりだが、俺は誤魔化せないぞ。
彼女の心臓の鼓動が激しく乱れているのが分かる。
なるほど――あの力の持ち主は、ヤツか。
恐らくミリですら遠く及ばないほどのエネルギー量――
ふむ、Sクラスもなかなか面白そうだな。
「俺はガンドウ=ヤナギ。二年生だ、よろしく頼む。で、こいつが――」
「スズネ=キャットウォーク、同じく二年にゃ。さっきは、そのー、ほんとにごめんにゃ?」
「だから、別にいいって……シズム=ドラゴリュートだ」
おざなりに挨拶を済ませる。
にしても、ヤナギ家にキャットウォーク家か。
確かどっちも国家直属の超エリート一族じゃなかったっけ。
だから何だって話だけど。
「それから、彼女がシルファ=アクアマリオン。無口だが、いいヤツだよ」
「…………」
青髪――シルファは礼を返すどころか、こちらを見ようともしない。
そのいいヤツについさっき敵意を向けられたんだけどな。
まあ、今まで生きてきて出会ったヤツの中では一番魔法の才に恵まれているっぽいし、少しくらいは大目に見てやるか。
あまりにもふざけた態度を取るようならば、躊躇なく潰すが。
で、と俺は腰に手を当てる。
「これ、いつになったら授業始まるんだよ。とっくに始業のベルは鳴ったけど」
「授業? ……ドラゴリュート、お前、授業要綱を確認していないのか?」
「してねえ」
「……なるほど。闇のドラゴンを従える訳だ」
ガンドウは額に手を当て、顔をしかめながら説明を始めた。
「Sクラスは、基本的に授業が免除されているのだ。もし座学や実習が受けてみたいのならば、下位クラスの授業に出席する必要がある」
「え、じゃあSクラスって平日は何するんだよ」
「何をしていてもいい。設備を使って研究に明け暮れるもよし、図書館で本を読み耽るもよし。何もせずにぼんやりしていても咎められることはない」
おお、マジかよ。
毎日が夏休みみたいなモンじゃねえか。
天国だな。
「そもそもSクラスってのは、年齢を重ねてから入学した、授業を受ける必要がないくらいの実力を既に備えている魔法使いのために作られたクラスにゃから、授業がないのは当たり前なのにゃ」
まあ、その“授業を受ける必要がないくらいの実力”のハードルが高過ぎたせいで、大人どころか達人級の魔法使いですらまず入れないくらいに選定基準が厳しくなっちゃったんにゃけどね。
――と、スズネが軽いノリで笑った。
なるほど。
俺はガンドウに問うた。
「じゃあつまり、俺達はこれから四年間何もしなくてもココを卒業できるのか」
「ああ。就職先もSクラスともなれば引く手数多だぞ。国の最高機関へ入所するのも夢ではなかろう。金を稼ぎたければ、ギルドへ下るのも悪くないな」
ギルド……ああ、モンスターの駆除なんかを請け負う民間組織か。
表向きは非魔法使いも歓迎してるんだけど、実際に活躍してるのは平民出の魔法使いがほとんどなんだったっけ。
ロクに教育も受けてない平民の魔法使いなんて基本ザコなんだけど、それでも非魔法使いに比べりゃ何倍も強いから、異様にプライドだけが膨れ上がるんだよな。
で、非魔法使いに対する露骨ないじめやらが頻発すると。
そんなゴミ溜め染みた場所に時間を費やしたくはないかなあ。
「――まあいいや。それじゃ、俺はそろそろ帰らせてもらう」
「ん、何だ、もう行っちゃうのかにゃ」
当たり前だ。
聞くべきことは聞いた――これ以上お前らグズ共と話すつもりはない。
……などと本音をブチ撒けて、余計な面倒事を招くのはごめんだ。
適当に当たり障りのないことを言って、とっとと帰ろう。
結局、面白そうだったのはシルファとかいうヤツだけだったし。
期待して損したな。
「いや、慣れないことが続いて疲れててな。少し寝たいんだ」
「にゃあ、なるほど。そんなら仕方ないにゃ。お気を付けてにゃ」
俺は片手をひらひらと振り、もう一方の手で扉を開けようとした。
「少し待て、ドラゴリュート。大事なことを伝え忘れていた」
――丁度その時、ガンドウに呼び止められた。
あん、何だ?
「Sクラスに授業はないと言ったが、一週間後の全クラス合同演習には出ておけ」
「合同演習?」
「魔法使いとしての心得を一律で教え込むため、新入生は全員強制参加――だ、そうだ。面倒かもしれんが、出席せんと評価が貰えんぞ」
「……ふむ」
――合同演習、ねえ。