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呪われたみたいに振り返ってばっかで

すいません、昨日更新するの忘れてました……!

本当に申し訳ないです。



 窓の向こう側に広がる真っ黒い空。

 無表情に並ぶ教室。

 その教室と廊下とを繋ぐ扉。

 立ち込める冷気。

 月明かりすら差し込まない、長い、長い通路。

 そういう場所に俺たちは居た。


「……シズムくん」


 背後から響く、声。

 軽やかな――だけど、どこか気遣うような響きを帯びた音色。

 小さく、名前を呼ばれる。


「あの、ね」


 何か躊躇っているような。

 言葉を取捨選択しているみたいに、迷っているような。

 でも、そこに悪意は一欠片ほどもなくて。

 ただ俺を傷付けないように。

 傷付けるような言葉を発さないように、と。

 そういう薄ぼんやりした、だけど確かな優しさが在って。


 なぜだろう。

 今の俺には、それがよく分からないけど、酷く辛かった。


「シルファちゃんから、話は聴いたよ」


 気遣うみたいに、ぶつ切りで紡ぐ声。

 木枯らしが吹いて、窓硝子が音を立てて揺れる。


「ね、シズムくん。こっち、向いて?」


 びくん、と身体が跳ねてしまう。

 端々の震えが止まらない。

 息が荒くなってくる。


 のろのろと足を動かす、首を曲げる、振り返る。


 ――そこに。

 切らした呼吸を整えて。

 彼女――ガレットは、立っていた。


「今日は……凄く、色々なことがあったんだね」


 艶やかな黄金色の髪は、今は随分と乱れていて。

 紅の差した頬には薄く汗が滲んでいる。

 バカな彼女のことだ、きっと部屋から抜け出した俺を散々探し回っていたんだろう。

 広い広いエストの校舎を、日が暮れるまで、ずっと。


「……どう言っていいのか、僕には分からないけれど」


 そこに声が差し込まれた。

 視線だけを動かし、その主――ブレイドルを、見る。


 キザったらしい振る舞いも、今は鳴りを潜めていた。

 普段は気取った笑みが浮かぶ口元は、きゅっと真一文字に引き締められていて。

 衒いのないまなざしで、じっと俺を見据えている。


 ちょっとバカバカしいくらいに固い姿。

 きっと彼なりに気を遣っているんだろうな。

 誠実に――清廉に。


 でも、やっぱり何だか間抜けだぜ。

 ははは。


 麻痺した脳味噌を絞って、無理矢理バカな冗談を作って。

 それを口に出して。

 思い切り笑ってやろうとしたのに。

 どうしてだか上手く行かない。

 吐瀉物に塗れた頬が全然動いてくれないのだ。


「君は、とても大きなものに立ち向かったんだな。恐ろしいものに」


 恐ろしいもの?

 バカなことを言うなよ。

 俺に怖いものなんてあるもんか。

 お前らなんか一瞬で殺せちまうくらいに強い力があるってのに。


 そうだ。

 俺には力がある。

 人を傷付けることのできる力があるんだ。

 無限大の魔法力が、センスが、才能が。

 軋むくらいに、死にそうなくらいに、重たくって押し潰されそうなくらいに。

 溢れんばかりに備わってやがるんだ。

 お前ら凡人とは格が違うんだよ。

 傷付けるための力があるんだ。

 どんな嫌なヤツでも、怖いヤツでも、簡単に殺せるほどの力が。


 こんな――こんな圧倒的な才能が、昔から欲しくて欲しくてしょうがなかったんだ。

 他の追随を許さない、絶大な才能が――


 あれ?


 どうして俺は才能が――いや、違う。

 そもそも、何の才能が。

 どんな才能が、欲しかったんだっけ?


 ……ああ、そうだ。

 忘れてた。

 絵だ。

 イラストだ。


 俺は綺麗な絵が描きたかったんだ。


 でも、頑張っても頑張っても上手く行かなくて。

 挙句笑いものにされて。

 それで嫌になっちゃったんだ。



 じゃあ。

 どうして女神に出会った時、俺は絵の才能を願わなかったんだ?



 どくん。


 ただでさえガタガタな心臓の鼓動が、更にめちゃめちゃになる。

 駄目だっ。

 それ以上考えちゃ駄目だ。

 酷いものを見なきゃいけなくなる。

 見たくないものを見なきゃいけなくなる。

 目を逸らせ。

 逸らせ。

 逸らせ。


 ――自ら命を絶って。

 俺が真っ先に願ったのは。

 イマジネーションを解き放つ才能でも。

 誰かを魅了して、笑わせるための才能でも。

 桁違いの技巧を可能とする才能でもない。

 暴力的な力――他人を見下すための、或いは見返すための才能だ。


 それって変じゃないのか?

 絵をバカにされたなら、絵で思い悩んだなら。

 だったら絵の才能を願えばいいじゃないか。


 凡人共に努力の意味のなさを知らしめるため?

 別に絵でもその気になれば凡人の心をへし折れるだろう?

 どうして、より暴力的な方向へ向かおうとしたんだよ。

 より大勢の人間を効果的に押さえつけることのできる力を願ったんだ?


 そんなんで本当に言えるのか?

 綺麗な絵を描くことを望んでいたって、今、心から言い切れるか?


 それ以前に、さ。

 俺って、絵が上手くなって、それからどうしたかったんだ?

 極彩色の飛び交う世界――そちら側に向かって、飛び込んで。


 そこから、何をしたかったんだ?


 プロのイラストレーターになる?

 大勢の人間に自分の絵を見てもらう?

 更なる高みを目指す?


 分からない。

 分からない。

 分からない。

 怖い怖い怖い怖い怖い。

 心臓の奥が精神の根が脳味噌の芯が空っぽになっていく。

 冷え切っていく。

 痛い痛い痛い頭が痛い腹が痛い。


 絵が上手くなって、そちら側へ向かって、それで?

 それでどうしたいの?

 全然分からない。

 そこから先が全く見えない。


 分からない。

 分からない。


 それじゃあ、さ。

 もしかして。

 俺ってさ。





 本当は――絵が下手な他人を見下したくて、描き続けていたんじゃないか?


 だから、こんなに目的がぼんやりしてるんじゃないのか?





 ――違う!!

 そんな訳がない。

 だって、描き始めた直後は純粋に楽しかったんだ。

 人の上手な絵を見て、俺だって、と奮起することができていたんだ。

 そんな、そんな気持ちで頑張ってたんじゃない。


 だけど――また、喉が焼けるように痛む。

 畜生、畜生、今は、今はっ、それを本気で否定できないんだ。


 犯した罪の数々が背筋を這い登る。

 これまで大勢の人間の心をへし折ってきた。

 今じゃ殺人未遂だってやらかしてる。


 俺が見下すために描き続けていたと言い切れる証拠はない。


 だけどそれを否定できるだけの証拠もない。


 それならきっと前者の方が可能性が高いだろう?

 だって俺はこんなヤツなんだ。

 酷いヤツなんだよ。

 もう何も分からない。

 分からないよ。


「……ぐ」


 また熱い、熱いものが喉に込み上げてくる。


「うえ……っ」

「――っ、シズムくんっ」


 もう全部吐き出し尽くしたって、そう思ってたのに。

 また胃液が溢れる――ガレットが近寄ってきて。


 服が汚れるのも構わないで、俺を。

 抱き締めた。



「……ねえ」


 何かを堪えるような声で、ガレットが言う。


「帰ろう。今日はもう休もうよ――ううん。暫くは、ゆっくりしよ。ね?」


 ゆるりと伸びた手が、俺の頭を撫でた。

 それが酷く悲しかった。


 こんな。

 こんな、みっともない姿を見せているのに。

 彼女はまるで動揺していなかった。

 軽蔑も、皮肉もない。


 ブレイドルも、同じだ。

 黙って俺の傍に近寄ってきて、背を撫でてきやがる。


 どうしてだよ?

 こんな、こんな、俺みたいなヤツにどうしてそんな優しくするんだよ。

 どうしてだ?

 どうして?



 ――だったら。


「……ああ」


 本当の俺ってヤツを、もう一度。


「分かったよ」


 教えてやる。

 内心で、空っぽな笑みを浮かべ――


「っ!? シズムく――」


 彼らを巻き込み、瞬間移動をした。



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