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沈む陽



 俺はこの世で最高、最大の才能を備えた魔法使いだ。

 女神のお墨付き、無限のエネルギーを持った究極の術師だ。

 賢者も大魔法使いも、俺からすりゃ凡夫も同然。


 そういう史上最強の可能性を――天恵ってヤツを。

 俺は一切の努力なく、初めから持っていたんだ。


 死に物狂いで鍛え上げた力を反則紛いの手段で更に底上げして。

 今までもこれまでも友達も身分も心も身体も全部全部全部打ち捨てて。

 そこまでやって、それでも、それでも。

 俺が初めから備えていた、ロクに研鑽もされてねえ剥き出しの才能にゃ敵わねえんだ。

 ガンドウの全てが詰まった努力はただの一歩だって届きゃしねえんだ。


 届かねえんだ。

 努力<才能だって、結局ガンドウもその図式を崩すことは叶わなかったんだ。

 人生を賭して尚そこへヒビを入れることすら叶わなかったんだ。


 今までで一番胸がズキズキ痛む。

 悲しい悲しい悲しい。

 膝が震える腕が震える。

 目の前がチカチカしてよく分からない、見えない見たくない。

 頭の中だってもう洪水が起こったみたいにメチャメチャだ。

 どうなってんだよ。


 ガンドウの、トーナメントで俺を目にした瞬間に心が挫けちまったCクラスの、姉の涙が、泣き声が、泣き顔が幾重にも弾けて混ざる。

 どうしてだ?

 何で今更ンなってこんな苦しくなるんだよ。


 全ては最初に配られた手札で決まるって。


 努力でハンディキャップが乗り越えられるというのは、ハナから恵まれていたヤツの戯言か、能無しの夢物語に過ぎないって。


 それを証明するためにここへ来たんだろう?

 実際上手く行ってるじゃねえか。

 色んな人間の心を踏みにじってきたじゃねえか。


 じゃあ何で今こんなにも悲しいんだ?

 こんなにも胸が苦しいんだよ?


 俺は酷いヤツだ。


 そうさ――俺は酷いヤツだ。

 嫌なヤツさ。

 だから、もう、これで終わりだ、何もかも終わりだ、全部終わりにしてやる。


 掌に浮かんだエネルギーボールを掴んで――思い切り、力を込めた。

 ぱきんっ。

 幾重にも取り巻いていた光の帯が弾ける。

 するりと硝子玉が解けていく――極彩色に部屋が彩られていく。

 砕ける音、剥がれる音、ねじくれる音。


「待っ――シズムくんっ――!!」


 誰かが俺の名前を呼んだ。

 その、直後。

 一際激しい、銀色の閃光が放たれ――









 鼓膜が轟音で満たされた。


 色とりどりの光が網膜に切迫した。


 誰かの悲鳴が聞こえた。


 何かが熱され、燃えるような音がして――



 ――何もかもが、粉微塵に消し飛んだ。









 光が緩やかに収まっていく。

 舞い上がっていた砂埃が、石片が、塵芥が、音もなく地面へ落ちる。

 抉れ、鉄筋の剥き出しになった地面へ落ちる。

 視界が晴れていく。


 ――そこには、“何もなくなっていた”。

 別に比喩表現ではない。

 文字通りの意味だ――転がっていたビーカーも、何らかの薬品が詰め込まれていた棚も、あの忌まわしい巨大な龍の鱗も、全部全部全部。

 完全に、消滅していたのだ。


「今……の、って、まさか――“消滅の魔法”? 物理的な存在、魔法的な存在問わず何もかもを貫通して、原子レベルまで分解するっていう、あの……?」

「んにゃ、バカな……だって、そ、それ、御伽話にだけ出てくる架空の魔法……」


 酷く怯えた――呆然とした様子で呻くアクアマリオンたち。

 彼女らに関しては無傷だ。

 今の魔法は、俺の意識次第で攻撃対象をある程度絞れるのだ。


 だけど。

 俺は視線を動かして――無防備に転がるガンドウを見やる。


 彼は、砂埃に塗れたズタボロの地面にブッ倒れている。

 ずるり、と身体に纏わりついていた腐肉が剥がれた。

 歪な外骨格を失ったガンドウは、元の姿に戻っていた。


「な、ん……で」


 くぐもったガンドウの声が響く。


「なん、で――そんな……」

「お前のな」


 遮るように、言葉をぶつけた。


「体内に入り込んだ邪悪なエネルギーと、龍の鱗と、それが原因で生じた歪んだ部分だけを消し飛ばしたんだ。今のお前の力は完璧に以前と同じ、逆戻りさ」


 唄うように、嘲るように。

 既に限界に達している心を引き千切るようにして。


「ほら。校長にボコボコにされて、キャットウォークを逆恨みして、アクアマリオンを妬んでいた頃に逆戻りだぜ。これで終わりなのか? もう切り札はないのか?」


 自分の中の悪意を引き出す。


 ……どうして、俺はこんなことを言っているんだろう?

 腹の中に溜まっていたものを吐き出したいのか?

 いや、俺じゃなくてガンドウの心を解き放ってやりたいのだろうか。

 それとも彼を煽って、より無様な姿を晒させるため?

 きっと最後のヤツが正解だな。

 俺は嫌な人間だから。


「本当にもうどうにもなんねえのか? やれることを全部やり切っちまったのか? このまま最後まで負けっぱなしでいいのかよ? 笑われっぱなしでいいのか? 諦めるのか? 立ち向かう気概は完全に失せちまったのか?」


 喋って喋って囁いて。

 今更言ったって意味のないこと、分かり切ったことばかりを連ねる。

 どうにもならないことばかりを連ねる。


「なあガンドウ、おい。これでいいのか? これでよかったのかな。分かんねえか? なあ――」

「……黙れ、よっ」


 濁った、蚊の鳴くような小さな声。

 幼子が涙を零すような、泣くような声。


「じ、じゃあ、俺は……俺はどうすればよかったんだ? こんな、こんなクソみたいなことばかり、お、俺には才能があるってっ」


 だんっ。

 ガンドウは固めた拳を地面に叩き付ける――

 びくん、とキャットウォークが身体を跳ね上がらせた。


「だ、だったら……だったらっ!! どうせなら一番の才能が欲しかったよ!! ち、中途半端に、中途半端に期待させるような、どうして、どうして……か、勘違いさせるような、こんな力要らなかった!!」


 何度も、何度も拳を叩き付ける。

 骨が軋み、指の皮が破ける。

 白い骨が露出して、真っ赤な血が噴き出す。


 それでもガンドウはその行為を止めなかった。

 止められなかった。

 自分を――無様で弱い自分を傷付けるのが、止められなかった。


「バカみたいに叶う訳もない夢ばかり追っかけさせるような、無駄に、こんな無駄に時間ばかり浪費させるような……どうして、どうして俺ばかりが、皆、皆俺よりずっと上手くやってるんだ、俺なんか、俺なんか全然駄目なばかりで……み、見下しやがって、畜生、俺は凡人なんかじゃないのに、畜生、畜生……っ」


 ガンドウは泣いていた。 

 幾度も幾度もしゃくり上げていた。

 鼻水を、涎を垂らして、みっともなく、ただみっともなく。


 結局俺たちはどうすればよかったんだろう。


 キャットウォークは嗚咽を零している。

 アクアマリオンは青い顔で絶句するばかりだ。

 子供たちは何が何だか分からないまま、だけど目の前の男の哀れさだけは理解しているみたいに、ただ黙って立ち尽くしていた。


 俺は――ただ、頭の芯が痺れるのを感じるばかりで。

 ぼんやりと胸の痛みだけが現実味を帯びていた。


 これからどうすればいい?

 どこへ行けばいい?

 学校へ戻るのか?

 心も身体もどうしようもなく重たい。

 ああ、この感じ、あの頃と同じだ。

 前世――一人きり、部屋の中で自分のヘタクソな絵を、伸びない評価点を、成長していくヤツらを眺めていた時と同じだ。

 真っ黒な油の中へ沈んでいくみたいな、あの感覚と同じだ。


 どうすればいい?

 誰か教えてくれよ、誰か、誰か。

 どうか、どうか。


 誰か――


「……そうだ。俺は凡人なんかじゃない。キャットウォークにも、アクアマリオンにも、ドラゴリュートにだって負けないんだ。そうだ。だから、だから――」


 不意に、ガンドウが何かを言っていることに気が付いた。

 ――それから。


「だから。――せめて一人くらいは、俺に負けてくれよ?」


 その目の、輝きにも。

 随分と遅れて、気が付いた。


 ばうんっ。

 魔力を両手足から噴射――高速移動。

 予想外の行動に、完全に対処が遅れた。

 世界がスローモーションで見える。

 不味い。


 凄まじい勢いでガンドウが突進する――掌に握られた瓦礫の破片。

 魔力で威力が格段に高められている。

 だけど、どう考えても俺はおろか、アクアマリオンすら倒せそうにない。

 彼もそれは理解していたのだろう。

 実際、彼は身構える彼女らをすり抜けて――


 完全に戦闘能力を失っている、子供たちの方へ向かっていたのだから。


 少年たちは、少女たちは、ぽかんとしていた。

 恐怖の表情さえ浮かべられていなかった。

 爛々と双眸を輝かせるガンドウとは対照的に。

 無垢に。


 無我夢中で俺は右手を突き出した。

 エネルギーを瞬時に充填。

 もはや考えている時間はない。

 魔力光線を、ガンドウめがけて繰り出す。

 迸る閃光は真っ暗な部屋をつんざき、突き進み――











 ガンドウの、右半身を。


 根こそぎ、消し飛ばした。











「…………え」


 喉から――酷く、間抜けな声。

 俺の腕から、背中から、顔から、ぶわっ、と汗が噴き出した。

 それと同時に、ガンドウの身体から真っ赤な血が勢いよく溢れ出す。


「あ、う?」


 数秒間、ガンドウは己の身に生じたダメージに気が付かなかった。

 それから、ゆっくりと、その顔を青く染め――


「あ――い、痛い、いたい、いだい……痛い、痛いっ」


 その場に、うずくまって。


「いたい、いだい、いだいよ……痛い痛い、痛いよおおおっ、う、あああ、ああああああああっ……」


 子供のように、泣きじゃくり始めた。


 凍りついたように、誰も何もしない。

 動けない。

 どうしようもない。

 もう、どうにもならない。


 何で。

 そんな、そこまでの力は込めてなかった筈だろ?

 違う、だって、そんな、そんなつもりじゃ。

 どうして。


 全てが遠ざかっていく。

 意識が薄れていく。



 何だ。

 ヘタすりゃ死ぬかもしれないくらいの大怪我なのに、案外平気そうじゃん。

 きっと魔力が痛みを緩和しているんだな。



 そんな、痺れた頭の隅で。

 他人事みたいに、俺は思った。




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