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疲れ果てた



 なんで。

 どうして。


 どうして俺ばかりがこんなにも惨めに。

 無様に、みっともなく在らねばならないのだ。

 こんなにも悲しいままに。

 どうして。

 どうして。


 吐き出すようなガンドウの慟哭が、心臓を、鼓膜を揺すぶった。

 凍り付く音。

 ただ沈黙だけが空間を満たしていた。


 だから――もう、俺は。

 こう答えるしかなかった。


「――バッカじゃねえの?」


 一斉に視線が俺の方へ集まる。

 ガンドウが、濁った目を見開いて、こちらをじっと見ていた。

 絶望的な、どうしようもないくらいに絶望的な瞳だった。


「どうしてお前ばかりが酷い目に遭うのかって? 決まってんだろ、そんなモン」


 色々な気持ちが、同時に突き刺さる。

 だけど構うものか、黙ってたまるものか。

 酷くやけっぱちな気分だ。


「お前が、別に天才でもなんでもない、ただの凡人だからだよ」


 ゴキッ――響く音。

 バキバキミシミシ、何かが砕ける、軋む。


「後はもう、他に言うべきことなんかねえ。お前に掛ける言葉なんかどこにもありゃしねえ」


 ガンドウが、凄まじい形相で俺を睨み付けていた。

 途方もなく苛烈で、怒りに満ちていて――救いようのないほどに、悲しみに満ちた顔だった。

 今の彼ならば比喩でもなんでもなく、視線だけで人間を殺せるだろう。

 ――でも。


「あえて言うべきことがあるとすりゃ――そうだな」


 俺は。


「お前は、勝手に自分の才能を勘違いして、勝手にへこたれて、勝手に友達に嫉妬して、勝手に見下して。それが苦しかったモンだから後輩をいたぶってストレス発散しようとしたけど、年下のもっと才能ある魔法使いにボコられて。拗ねて友達を罵倒して、終いにゃ大量殺人犯一歩手前になった」


 ずきん、ずきん、ずきん、ずきん。

 嫌な言葉を発する度に、傷つけるような言葉をぶつける度に胸が痛む。

 頭がどうにかなりそうだ。

 だけど。


 彼に殺されてやる訳には。


「独りよがりで自己完結してばっかで才能にばかり異常にこだわる、気遣いのない、平気で酷い言葉を吐く、酷いことをする、救いようのない、ただただ救いようのない、自分勝手な――」


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 悲しい悲しい悲しい。

 嫌だ、こんな、こんな酷いこと、責め立てるようなこと。

 だけど黙れない。


 そういう訳には、絶対に――いかないのだ。


「クズ、だよ。それが、ガンドウ=ヤナギだ――なあ、そうだろう? 凡人以下のクズ人間さんよ」

「あ――」


 言って、俺はにっこりと笑い――


「あ、ああ、あああああああああああっ――うごおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


 直後。

 ガンドウは――その巨躯で、周囲の何もかもを破壊しながら。

 俺めがけて、突っ込んできた。


「そん、にゃっ――こんな、こんなバカげたエネルギー……人間に、制御し切れる訳が……」

「逃走も、防御も、反撃も、回避も百パーセント、完全に不可能……ガンドウ、どうして、こんな……」


 想像を絶するエネルギーだ――皆一様に絶望的な表情を浮かべている。

 特に、アクアマリオンとキャットウォークのダメージは相当大きいようだ。

 無理もない――親友にあれだけのことを言われたのだ。

 それに、これだけ大きな力を目の前にしたのだ、もはや完全に死を覚悟したのだろう。


 だけど――ぎゅっ、と俺は拳を固めた。


 ゆっくりと右腕を目の前に突き出し――掌を開く。

 ぽう、と光の粒子がその上に集まってきた。


「シズムくん――君だけならば、恐らくここから脱出できる筈にゃ。せめて一人でも生き延び――っ!?」

「……何、それ……魔法? あ、ありえない――だって、それ、ガンドウよりも遥かに――」


 翡翠と紺碧の入り混じった、僅かに透き通った硝子玉のようなものが生じる。

 パチパチと火花が弾ける。

 同時に、銀細工のように輝く光の帯がくるくると巻き付いていき――

 やがて虹、銀、金の薄明かりを放つ、超高密度のエネルギーボールが完成した。


「……結局」

「え――?」


 迫り来るガンドウは、血の涙を流していた。

 絶望と嫌悪、後悔――何もかもが彼の身の内を焼いていたのだ。


 ――お前が、別に天才でもなんでもない、ただの凡人だからだよ。


 ああ、そうだよな。

 我ながら真理を突いてらあ。


 結局そういうことじゃないか。


 自分には才能があるんだ、輝かしい未来があるんだって。

 そう信じて頑張って。

 だけど“本当の天才”ってヤツには叶わなくって。

 プライドへし折られて。

 それでもガンドウは諦めなかったんだ。

 ボロボロのヘトヘトになりながらそれでも立ち向かうことは止めなくて。


 でもやっぱ、上手く行かなくて。

 どうにもこうにも勝てなくて。

 そうやって落ち込んでいる内に周りのヤツらはどんどん自分を追い抜いていく。

 本当に辛いんだ。


 痛いくらいによく分かるんだよ。


 ガンドウのしたことは決して取り返しのつかない、最低最悪の所業だ。

 今回の一件でアクアマリオンとキャットウォークは心に深い傷を負っただろうし、子供たちもようやく希望を持てそうになった所でこれだ。

 ハッキリ言って同情の余地は皆無だろう。


 でもさあ。

 やってらんねえよな。


 嫌なことばっか考えちまうし、嫌なことばっか言っちまうよな。

 それで余計嫌われてさあ、どうにもなんねえよな。

 ほんとは自分でも分かってるんだよな。

 嫌なことばっか言ってるって、嫌なことばっかやっちまってるって。


 だけど覆せねえんだ。

 そこまで苦しんでなお覆せねえ壁が山ほどあるんだよ。


 プライド捨てて反則染みた方法を使って。

 人殺しにまでなり掛けて。

 実際ガンドウは信じられないくらい強くなった。

 かつて打ちのめされたキャットウォークにも、嫉妬を覚えたアクアマリオンにもヤツは勝てたんだ。


 ……もう、俺もどうしようもなく疲れたよ。

 頭も心も何もかもめちゃくちゃだ。

 全部全部投げ捨てちまいたいって、今死ぬほど思ってるよ。

 きっとガンドウ、お前も似たような気持ちなんだろうな。


 でも、悲しいよな。

 それでも。

 そこまでやってなお――お前は、俺にゃ勝てねえんだ。




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