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俺ばかりが



「いつも」


 びゅぶっ、と黄色く濁った膿が地面に吹き出す。

 泡が弾けるみたいな音を立てて床が溶ける。

 ぼたぼたぼたぼた、千切れた肉が悪臭を放つ。

 近寄れない、近寄りたくない。

 怪物そのものの姿。


「いつも、いつだってそうだ」


 呻くような声は、酷くしゃがれていて。

 初めて会った時の深い、威厳に溢れた気配は完全に消え失せていた。

 今更、って感じの話だけど。


「俺ってヤツは――どうして俺ってヤツは、こんなにも」


 グズグズに解けた皮膚が、べろりと剥けて。

 そこから丸出しになった筋繊維が見えた。

 赤黒い地と一緒に、何か青っぽい、緑っぽい、得体の知れない汁が出ている。

 人間が生成することができるとは到底思えない分泌物が出ている。

 それも当然かもしれない。


 だって、もう――彼は、人間の形をしていないのだから。


 数メートルはあろうかという巨躯――歪にねじくれた骨格はどこか類人猿を思い起こさせる。

 赤黒い筋肉は風船のようにパンパンに膨れ上がっていて、至る所から極太の触手が生え出ていた。

 まるで“嫌悪感”という概念をそのまま形にしたみたいな姿。


 何よりも目を引いたのが、丁度腹の辺りに輝く、銀色の結晶であった。

 間違いない、竜の鱗だ――それも、一メートル近く巨大な。


 そうか。

 そういう、ことか。

 どうして彼がキャットウォーク、アクアマリオンの二人を同時に相手取れたのか――これで分かった。

 ほんの一欠けらでも非魔法使いにモンスター並のレベルまで引き上げられるってのに、あれだけのサイズを取り込めば、そうもなろう。


 汚物に塗れた唇を割り開き、彼は言った。


「俺は天才だ。小さい頃から、どんな術だって一目見れば完璧に使いこなせた。エストの入学試験にだって一発で通った。クラス判定じゃS評価を貰った。そうだ。誰もが俺の才を褒めそやした。俺は天才だったんだ」


 そうだ――あの時、まではっ!!

 唐突にガンドウは絶叫する。


「校長に、クソったれ女に、畜生、畜生畜生!! あいつはっ!! あいつは俺を一方的にブチのめしやがったっ!! 俺の、俺の繰り出す魔法を丁寧に、丁寧に全部へし折りやがった!! バカにするみたいに、嗤うみたいにっ!!」


 声を発する度に汚液が全身から吹き出す。

 挙がる悲鳴――俺は顔をしかめながらも、決して彼から目を逸らさなかった。


「それでも!! それでも俺は諦めなかったんだ!! 諦めないでさあ、必死で修行して!! トーナメントに出て、それで自分の力を信じ直そうって!! 俺は他のヤツらとは違うんだって、ちゃんと才能があるんだって信じ直そうって!!」


 叫び、彼は――


「――それを、キャットウォーク!! 貴様が邪魔しやがったんだっ!!」

「え!? ガン、ド――」


 キャットウォークを、激しく睨み付けた。

 言われた彼女は茫然と瞬きを繰り返す。


「はは、何だその顔は!? 一番の親友にそんなことを言われるなんて、ショックだ――ってか!? はははははっ!! そりゃご愁傷様だ――残念だがなあ!!」


 浴びせ掛けられる罵声。

 なおもガンドウは言葉を止めない。


「俺は!! お前を友と思ったことなど、一度たりともありはしない!!」

「…………え」


 叩き付けられた告白に、キャットウォークの顔は色を失う。


「昔からお前のことが不愉快で不愉快で仕方がなかった!! その無駄に優れた感知能力で悪意を悟られないようにするのがどれだけ面倒だったか――ハッキリ言うがな、大嫌いだ!! 俺は心底貴様を見下していたよ、キャットウォーク!!」


 叫ぶ叫ぶ叫ぶ、喚く喚く喚く。

 かつての友に本音の全てをぶつけていく。


「エネルギー量、出力、何もかもが俺に劣っている癖に感知能力だけは俺を上回ってやがる!! それに俺がどれだけ苛ついたことか――何が“人の気持ちが分かっちゃうのが辛い”だ!! くはは、嫌味だけは一人前じゃないか!!」

「そん、な……私、そんなつもりじゃ――」

「挙句っ!!!」


 半ば泣き声染みた絶叫が部屋をビリビリと揺すぶる。


「お前は、トーナメントで俺を破りやがった!! 探知能力以外の何もかもが折れ以下の筈のお前が、俺を倒しやがった!! 天才の俺を!! 際に満ち溢れている俺を!! クズでクソったれのキャットウォークが!!」


 肩を震わせるキャットウォーク――その瞳には涙が滲む。

 だけどガンドウは止まらない、止まれない。

 ぎっ、と睨み付ける――アクアマリオンが呻いた。


「それにキャットウォークだけじゃない――アクアマリオンもだ!! お前に至っては完全に、全てにおいて俺を超えていた!! 血反吐に塗れ一年がかりで身に付けた極化を――お前は、半年で!! たった半年で、完全に自分のものにしやがった!!」


 怒鳴り散らし抜いたガンドウは、激しく息を切らした。

 大きく息を吸い込んで――

 どうしようもなく哀れっぽく、無様に、惨めったらしく叫んだ。





「産まれてから一度も負けたことなんてなかった!! でも、こんな――俺はエストで一番才能がある筈だろ!? Sクラスは伝説級の才能を持つ魔法使いしか入れない筈だろ!? じゃあどうして負けるんだ!? どうしてこんな惨めな気持ちになるんだ!? なんで、なんでこんな、俺ばかりが辛い目に遭うんだよっ!!」





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