自分のせいだから
「少し考えてみりゃ、分かりそうなモンだけどさ」
嫌な――気持ちの悪くなるような声を作る。
薄っぺらくて、雑で、人の気持ちなんか少しも考えていないような。
ただ嘲笑うような傷付けるような、そんな響きを持った声を作る。
――“彼”にそっくりな声を、言葉を。
淡々と、吐き出す。
「純粋なエネルギーの総量に絶対的な差があるってのに、なんでただ力を上乗せするだけのつまんねえ技使っちゃうかなあ」
「だ……黙れっ」
ガチガチと歯を鳴らすガンドウ――滲む大量の脂汗がボタボタと地面に落ちて、嫌な匂いを放つ。
じりじりと後退していく。
だけど俺は止まらない、止まってやるものか。
「アリが徒党を組んだ所でゾウに敵う訳がないだろ? 一に百を掛けたってたかが知れてるし――初めから一〇〇〇の力を持つヤツにゃ勝てねえよな? それと同じだよガンドウ」
実際俺からすりゃさっきまでと大差ないし。
意味ないじゃん、それ。
酷薄に、残酷に――つらつらと事実を並べていく。
ただ現実を、その一要素を喉から放つ。
ずきん、ずきん、と胸が痛む。
おかしいな、俺は何も感じていない筈なのに――どうしてだろう。
「あと、五〇パーセントの力しか出してねえ、だっけ。それ、単純にフルパワーで撃てるだけの余力が残ってねえってだけだろ。その極化とやらの段階に持ってくだけでめちゃくちゃ魔力使ってたもんな」
「黙れ、黙れっ」
響く慟哭。
じゃり、と鳴る靴音が、妙に鬱陶しい。
「力で敵わねえなら、搦め手バンバン使って少しでも不意を突く。基本中の基本だぜ? だのにお前は無駄にスタミナ使った挙句、雀の涙ほどの出力強化と引き換えに攻撃の幅が狭まるとかいうクソみたいな技を使っちまったんだ」
「――黙れえええええええええええええっ!!」
それは、まさしく獣の咆哮――巻き起こる魔力の嵐。
残ったエネルギーを全て凝縮し、ガンドウは大槌を思い切り振り降ろした。
ごう、と音を立てて生じる超大型の衝撃波。
津波かはたまた巨大な壁か、下手をすれば周辺数キロを消し飛ばしかねない
挙がるアクアマリオンの、キャットウォークの、子供たちの悲鳴。
だけど――俺は、静かに掌を翳した。
「黙らねえ」
呟いて、エネルギーを解き放つ。
銀色の輝く玉が俺の目の前へ顕現し、瞬間一切のタイムラグなく形状変化。
光る透明な大壁が立ち上がる――衝撃波と接触。
聴いた者へ何か強烈な嫌悪感を与える音が響く――金属と金属を擦り合わせたみたいな、ゾッとするような。
光の壁は軋む、たわむ――やがて、ぎゅおっ、と音を立てて、衝撃波と共に焼失した。
「う、ああああっ……何でっ、こ、こんな、こんな筈じゃ……っ」
「分かるか? なあ」
無駄にデカい図体を滑稽なほどに縮こまらせるガンドウ。
その目の前に俺は立ち――彼の耳元へ口を寄せた。
「勝ちの目を捨てたのはお前自身なんだよ。自慢の必殺技を使えば、どんなイヤなヤツも一発でノックアウトってか? バッカじゃねえの?」
お前が今こうして無様に転がってるのは全部お前自身の責任だ。
他の誰のせいでもねえ。
状況に合わせて柔軟な発想ができなかった、救いようのない思考停止野郎。
テメーだ。
かくん、とガンドウが膝を着いた。
無様に地面へ伏せた。
そこへ叩き付けるように、押し付けるように。
怯えるガンドウへ――止めを刺す。
「難しいことなんて一つもねえ。テメーが自分で自分の首を絞めたって、ただそれだけの話だ」
発した言葉が音をねじ伏せた。
代わりに静寂が訪れた。
ぼんやりした明かりが俺たちを照らし出していた。
冷たい石床に影がぷっかり浮かぶ。
見下ろす俺が。
見下ろされるガンドウが。
一方は微動だにせず。
一方は屈辱に打ち震えていて。
ただ薄く、薄く、黒灰色に伸び上がっていた。
「どうして……だ」
ぽつり。
ガンドウが呟いた。
「どうして、いつも、いつもいつも、こんな、俺が、俺ばかりが、こんな……」
……知るかよ。
吐き捨てるみたいに言おうとして、気付く。
「――どうして!! どうしていつも、俺ばかりがこんなにも惨めな思いをしなければならないだっ!?」
「お、おい」
ガンドウのエネルギーが。
爆発的に、恐ろしいほどに、猛スピードで膨れ上がっていっているのだ。
何だこれは、一体どういうことだ?
戸惑い――唐突にはっとする。
「ガンドウ!! お前、まさか……っ!!」
言い掛けた瞬間、俺の予想は的中した。
ぼごっ――
彼の肩が、身体が、全身が――激しく隆起し始めた。
「なんでっ、どうして、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だっ!! こんな気持ち、嫌だ、苦しいんだ――ああ、あ、ああああああああっ!!」
赤黒い肉が溢れる。
ぼたぼたぼたっ、気持ちの悪い汁が、粘液が地面に落ちる。
ぎちぎち、みちみち、骨が変形する。
力と一緒に全てが膨れる、必要以上に膨張する。
破裂寸前、パンパンになる。
「…………クソったれ」
しかめた顔に、影が差し込む。
天井に頭が付くほどに“膨れ上がった”ガンドウを、俺は睨み付けた。