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ガレット=アラヤヒール



 螺旋階段に響き渡る靴音。

 窓辺から差し込む、白味を帯びた日の光。


 ――授業初日の早朝、俺は暇潰しがてらSクラスの教室を下見に来ていた。


 A、B、Cクラスの教室は、それぞれ一クラス二フロア――

 つまり城の一階から六階に割り当てられている。

 だが流石にSクラスは別格で、図書館や食堂、実習室などが位置する七階から九階、その更に一つ上――ああもう、ややこしいな。

 要するに十階だ、十階に俺の向かうべき教室があるってことだ。


 階段を昇り終えて、廊下に出る。

 俺は手帳を引っ張り出し、案内図を確認した。

 教室はすぐそこだ。


 今のところ、人の気配は全く感じられない。

 確か集合時間が八時ジャストなんだけど、今は……ええと、六時半か。

 幾ら何でも早過ぎたな。


 などと考えていると、幾分か開けた場所に出た。

 どうやらここが目的地――Sクラスの教室らしい。


 白を基調とした室内には、案外清潔感がある。

 何せ利用頻度が利用頻度だ、手入れもまともに行き届いていないのだろうと勝手に思っていたが――これは、いい意味で期待を裏切られた。

 広さは他クラスの教室の数倍くらいか。

 ふむ、なかなかどうして悪くない。


 にしても、まさか異世界に転生してなお教室通いをする羽目になるとはな。

 よく分からない感慨に耽り――俺は、やがて頭を振った。

 もう下見は十分だろう。

 部屋に戻って二度寝を決め込むとするか――


「あ、あれ? おっかしいなあ、誰も人がいない……。うーん、もしかして案内図自体が間違ってるのかなあ……んんん、どういうこと?」


 そう思って踵を返し――そこに居たのは、妙な女子生徒だった。

 柔らかな金髪を腰の辺りまで伸ばしている。

 どこか眠たげな瞳は見事な真紅だ。

 あと、その、背丈が低い割に、胸がその……凄く、大きい。

 ハッキリ言って、かなりの美人なんだけど……。


 なぜか、よれよれの校内地図を広げながら半泣きで右往左往しているのだ。


 もう見ただけで分かる。

 多分死ぬほど頭悪いんだろうなああの人。

 絶対Cクラスなんだろうなあ。


「ううう、どうしよう、どうしようっ、このままじゃ遅刻しちゃ……あれ?」


 あ、目を合わせちまった。

 不味いな、昨日のピンク頭を上回る面倒臭さを感じる。

 何が何でも関わりたくねえ。

 ここは全身全霊で気配を消しながらスルーするしかない。


「ねえ、ねえねえ! あなた、もしかして昨日ドラゴンの根っこを出した子!?」


 畜生駄目だった。

 一瞬で距離を詰められちまった。


「そうでしょ? えへへ、嘘ついても駄目だからね! 私には分かるんだから! 何てったってあなたが一番目立ってたし、しかも物凄い美人なんだもの!」

「……あ、そう。それはどうも」


 彼女はずいと鼻先を突き出した。

 キスしそうなほどに顔と顔とが近づく。

 俺の白銀の髪と、見知らぬ少女の金色の髪がふわりと触れ合った。

 好奇心でキラキラと輝く紅い瞳が妙に鮮烈だ。

 ああ分かった。

 こいつ他人との距離感がブッ壊れてる系の人間だわ。


「あ、そうそう言い忘れてた! 私の名前はガレット=アラヤヒール! こう見えて癒しの魔法とかが得意な家系なんだよ! ちなみにクラスはC!」

(ほんとにCクラスだったのか……)

「あなたの名前は!?」

「……シズム=ドラゴリュート」


 本当は名を教える気など更々なかったが、勢いに押されてつい答えてしまう。

 ガレットは満足げに鼻を鳴らし、ようやく俺から顔を離した。


「よーし、シズムくんね! 私覚えたよ! 完璧に覚えた! これでもう何があっても絶対に忘れないね! ところであなたの名前は何だっけ!?」

「お前もしかして気が狂ってるのか?」

「あははは、ウソウソ! 冗談だよ、冗談! ただのジョークだってば!」


 ケラケラと笑うガレット。

 ……何なんだこいつ、もしかして舐められてんのか?

 それは少し不愉快だな。


 Cクラス如きに見くびられたのでは堪ったモンじゃない。

 軽く格の違いを教えておくか、と思案し始める。

 そんな俺の内心など知ったことではないと言わんばかりに、ガレットは不思議そうな表情で人差し指を立てた。


「でもちょっと意外だね。あなたあんなに凄いことしたのにCクラスだったんだ」

「はあ? 何でだよ」

「だってここCクラスの近くでしょ?」

「全然違うけど」

「え?」

「十階はSクラスのフロアだぞ。Cクラスの教室は一階と二階だろう」

「嘘……今私たちが居るのって十階なの?」

「ああ、うん。そうだな」

「そ、そんなああ! 大変っ、遅刻だ、大遅刻だああっ」

「いや、初回授業は全クラス一律で八時だから大丈夫じゃないか?」

「へっ……?」

「今は六時半だ。まだだいぶ先だな」

「…………」


 へなへなと崩れ落ちるガレット。

 ……マジでCクラスに入らなくてよかった。

 これ、凡人っていうか、もう、ただのバカじゃん。


 まあいいや。

 今のうちにさっさと帰っちまおう。

 しれっと通り過ぎようとした途端に、ガレットはすっくと立ち上がった。

 その顔には心からの安堵と――大粒の涙が浮かんでいた。

 うわ、汚え顔。

 幾ら美少女でもそのツラはねえよ。


 つい後ずさりをしてしまう俺。

 その手を、思い切りガレットが掴んだ。

 ……鼻水と涎まみれの掌で。


「ありがとう、ありがとう、シズムくん……っ! 私ねっ、実はめちゃくちゃ不安だったんだ……ほら私、こう見えて意外とドジだからさ!」

「こう見えて意外と……?」

「最初の授業を寝坊なんかで台無しにしたくなかったから早起きしたらさ、教室の場所が分かんないことに気が付いて、どうしようどうしようって、うう……」


 金髪の美少女は、何度も何度も感謝の言葉を述べる。

 涙を流し、鼻水を垂らして、何度も何度も……。


 改めてそのアホ面を眺める。

 想像以上に凄まじい――折角の美人が完全に台無しだ。


 本当に……何なんだ、こいつは。

 俺の手を気色悪い分泌物で汚して……。

 バカみたいに(みたい、じゃなくて実際にバカなんだけど)笑って、怒って、泣いて、子供みたいに自分の感情に正直に……。


「……っくく」


 ああ、なんか、もう。


「く、あははははっ」

「は……え?」


 変に笑えてきてしまった。

 何だろう――こうやって純粋に笑うのは久々だ。


 ひとしきり笑って、大きく息を吐く。

 それなりに愉快な気分だ。

 今までの努力がただの無駄な徒労だと気付いた時の凡人の顔を拝んだ時のそれに比べたらカスみたいなものだが。

 正直両手を掴まれた時点で俺の中では死刑確定だったけど、その気も萎えた。

 軽く冗談を飛ばそうとして――はたと気付く。


 ガレットが、ぽかんとしながら俺の顔をじっと見つめているのだ。

 頬はリンゴのように真っ赤で、時折はわわ、だの、あわわ、だの言っている。

 今度は何だ。


「――おい、どうしたんだよ?」

「へ……あ、あああ! ごめんね、私そろそろ部屋に戻らなきゃ! こんなに早起きしたのなんか久しぶりだからもう眠くて眠くて仕方なくて! もう!」

「ああそうかい――それじゃあな、ガレット」

「~~っ! ま、またね……し、シズムくんっ!」


 言って、ガレットは猛スピードで駆け出して行った。

 もう二度と顔を合わせることもないだろうが。

 ま、退屈はしなかったけどな。

 そろそろ俺も部屋に戻るか。





「……あ、あの笑顔は反則でしょ……うう、好きになっちゃったかも」




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