極化
「――バカは死んでも治らない、とはよく言ったものだ」
ガンドウが、呻くように言った。
「生まれ持った愚劣さを拭い去ることなどできはしない。ドラゴリュート、貴様も哀れなヤツだよ――なまじ半端に才を備えているが故、隔絶した実力差を見切ることができない。己の力量を客観視できない。だから無駄に慢心して、無駄に立ち向かって、そして――」
ぎょろぎょろと血走った目が、俺を捉える。
「無様に敗北する。……俺には分かっているのだよ、貴様の未来が」
言って、ガンドウは喉を引き攣らせながら笑う。
俺はただ黙って彼を眺めるばかりだった。
「あの予備運動場での決闘の時も、本当は俺に負けるのが怖かったんだろう? 俺に負けて、己の限界を知るのが恐ろしかったんだろう? だからあんなCクラスのザコ共をけしかけて、自分は高みの見物を決め込もうとしたんだろう? くくっ、誤魔化すなよ?」
「…………なあ」
ふと、言葉が零れる。
別に揶揄するつもりでもなく、ただ純粋に――俺は疑問を呈した。
「自分で自分のこと言ってて、辛くならないのか? そういうの」
「っ――!!」
かっ、とガンドウが目を見開き――途端、顔を羞恥で真っ赤に染めた。
その直後、凄まじい勢いで彼の全身からエネルギーが噴き出す。
強烈な怨嗟の念だ――もっとも、俺からしたらそよ風みたいなものだけど。
「……とことん、救いようのないヤツだっ!! 正直に答えれば、或いは許してやろうかとも思っていたが、もはや情けを掛ける余地などない――徹底的に教えてやるさ、上下関係というものをなっ!!」
叫んだガンドウは、血管の浮き出た腕を突き出した。
豆と瘡蓋だらけの掌に、エネルギー光が猛烈な勢いで集まっていく。
やがて激しいフラッシュが生じたのち――そこには、“ドス黒い熱気を発する大槌”が握り込まれていた。
「……根っこを出した、か」
小さく呟いた。
確かにエネルギー量の差はほんの僅かに縮まったけど――でも、それだけだ。
「その貧相なのがお前の本気って訳か? 正気かよ。このままじゃ勝ち目がないことに変わりはねえぞ」
冷たい視線を向ける俺に――ガンドウは、ニタリと笑った。
「本気? くく、はははははっ――可愛いことを言うじゃないかドラゴリュート。あまりに大きなエネルギーを前にして混乱しているのだろうが、この程度で本気? 実に愛らしい――そして、愚かだ」
大槌を握った方の腕を、彼は再び前方へ突き出し――
「残念な知らせだがな。――俺はまだ、フルパワーの半分、いや、一割も出していないのだよ」
――そして、根っこに纏わりついた魔力粒子が、パチパチと弾け始めた。
急激にエネルギー量が跳ね上がっていく――キャットウォークが殆ど悲鳴に近い叫び声を挙げる。
「ちょっ――ガンドウっ!! まさかアンタ、ドラゴリュートくん相手に“アレ”を使う気!? 冗談じゃない――“アレ”は下級生をいたぶるために覚えたモンじゃ――」
「黙れ、キャットウォーク。また全身を粉々に砕いてほしいのか?」
「な……っ」
キャットウォークは顔を蒼くして、そのまま黙り込んでしまった。
彼女に勇気が足りないのではない――ガンドウの狂気と残虐性がそれを上回ったのだ。
邪魔が入ったな、とガンドウは薄笑いを浮かべてこちらへ向き直る。
「何――別にそう大したことをする訳ではない。今から俺がするのは、ただ一つ――イメージの純化だ」
ばきん、ばきんと何かが砕けるような音がする。
ガンドウの根っこが、歪に、不自然に捻じ曲がっていく。
「根っことはすなわち己の心の器、精神の本質そのものであり――魔法とはエネルギーを憑代として出力する内面世界、その発露だ。根っこを出している間、術の出力が劇的に向上するのはつまり、そういうことなのだよ――精神から外界へ、というフィルターを掛ける必要がなくなるのだ」
しかし、冷静に考えてみろ。
ガンドウは粘っこい声で言った。
「剥き身の心の器、己の本質――根っこを、躊躇なく外側へ出せる人間などこの世に存在するのか? 一切の建前なく本当の自分を曝け出せる者など本当に居るのか? ならば、今俺たちが“根っこ”と呼んでいる、このオブジェもまた同じように――建前を、偽りの殻を被っているのではないか?」
ならば――
「その、偽りの殻を破った時」
鈍く響く、砕ける音、弾ける音、歪む音。
まるで工事現場みたいな喧しさ。
崩れて解けて、心が再構成されていく、再構築されていく。
ごう、と巻き起こる魔力の嵐――
黄土色に混じった灰色が全てを吹き飛ばす、猛烈な風を巻き起こす。
「一体、どれだけの魔力がもたらされるのだろうな?」
そうして嵐が収まった頃、ガンドウの手の中に納まっていたのは。
「答えはまあ、こんな具合でな。俺はこれを、“極化”と呼んでいる――はは、どうした? 笑えよ、ドラゴリュート」
何か得体の知れない気配を纏った、黒い、ただただドス黒い大槌。
――偽りの殻を破った、ガンドウの“本質”だった。
それを見て、一瞬――ほんの少しだけ、目を見開く。
“ある意味”驚愕する俺を見て、心底嬉しそうにするガンドウ――
ぽろりと、言葉が零れた。
「…………バカじゃないのか、お前?」