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帯びる冷気



「な、何なのにゃ!? 一体何が、どうなって……て、ていうか私たち、あの時、ガンドウにっ」


 激しい混乱、動揺、困惑――

 半ばパニック状態に陥っているスズネは喉を震わせる。

 私だって同じような気分だ。


 揺れる無駄に豪奢なドレスの裾が今は酷く鬱陶しい。

 血糊でベトベトの唇を抉じ開け、私――シルファ=アクアマリオンは言った。


「……分からない。多分、シズムが助けてくれたのだと思う」

「ま、またドラゴリュートくんかにゃ!? ああもう、何が何だかさっぱりっ」


 頭をグシャグシャと掻き毟るスズネ――猫耳がポンポンと弾んだ。

 だけど、彼女を気遣う暇などありはしない。

 何せ――今はある意味、依頼史上最悪の事態が起こっているのだから。

 両手を強く握りしめ、私は眼前の光景を睨み付ける。


 ――そこには、次元の違う“何か”が在った。


 冷えた夜の硝子窓、その先に覗く銀色の雪を切り取ったみたいな美しい髪。

 とろりとした翡翠色の瞳が放つ輝きは百の金銀、珠にも勝る。

 肌はまるで北極の果て、永久に煌めく星々のように一点の曇りもない。


 それは、言わば触れ得ざる“美”そのもの。

 情欲を抱くことすら許されぬ。

 そう、まるで女神のような――想像を絶する、完全な存在。


 以前はその美しさの中にも、どこか暖かみがあった。

 でも、今は違う――玲瓏とした美少年が、ただ無表情に、無感情に佇んでいたのだ。


 そんなシズムと相対するのは、ガンドウであった。

 悪鬼が如く歪んだ顔――あまりに醜いその姿からは、皮膚の一片一片に纏わり付くような粘性の怒りが発せられていた。


 さながら女神と悪魔か――まさしく対極の在りようを晒す二人はしかし、どちらも質に違いはあれど、明らかな戦意を帯びていた。

 ぎり、と歯を食いしばる。

 一体ガンドウはどうしてしまったのだ?

 先刻――彼に襲い掛かられた時のことを思い出す。


 子供たちの治療を終えたシズムは、酷く気分が悪そうで――別室に連れて行った私とスズネは、ガンドウの姿が見えないことに気が付いた。

 直後、あの謎の結晶体が備え付けられた部屋から奇妙な気配が生じ――大量のエネルギー反応が消失した。

 咄嗟に駆け付けたが、時既に遅し。

 そこに居たのは、ボロクズのようになった子供たちと。

 ……返り血で真っ赤に染まった、ガンドウであった。


 もはや、会話をする余地などありはしなかった。

 激情に任せてガンドウに打ち掛かり――そして、敗北した。


 そう、敗北したのだ。


 ――正直、信じられない。

 別に驕っている訳ではなく、事実として言おう――同じSクラスと言えど、私とスズネ、ガンドウの二人の間には、隔絶した実力差がある。

 今まで散々肩を並べて戦ってきたのだ、そこは間違いない。

 ましてや今回は二対一だ、ガンドウに勝ち目などあろう筈もない。


 だのに、負けた。

 完膚なきまでに叩きのめされたのだ。


 彼は愉しげに、残酷に、残虐に、虫の息の私たちをいたぶった――ぐっ、と喉の奥から酸っぱいものがこみ上げてくる。

 本当に、何で、どうして。


「……お、おねえちゃん」


 不意に、服の裾を引っ張られる。

 顔を向けると、そこに居たのは幼い少年だった。

 彼は不安をありありと浮かべながら言う。


「ど、どうしちゃったの、あのおじさん? あの人、ぼくらを助けてくれた“めがみさま”のなかま、じゃないの? どうして、あっ、あんな、ひどいこと……っ」


 その言葉に、私は小さく目を見開き――彼の震える肩に、手を置いた。


「大丈夫――あのおじさんは、少しパニックになってしまっているだけ」

「ほ、ほんとに?」

「勿論。あなたが心配する必要なんて一つもない」


 言って、微笑んだ。

 彼は一瞬、何か言いたげにこちらを見て――

 それから、子供たちの群れへ戻っていった。


 女神様、か。

 確かに最近のシズムは、かつての残酷さが嘘のように穏やかだった。

 実際、この場にいる全員にとって、彼は命の恩人なのだ。

 だけど――私は、頭を振った。


「いずれにせよ、今は彼らを止めるのが先決」

「そ、そうにゃ! 私たち二人掛かりですら今のガンドウには敵わなかったのにゃ、シズムくんもこのままじゃ酷い目に遭わされるにゃっ!」

「ううん、違う。そうじゃないの」


 だけど、今の彼が纏う気配は。


「このままじゃ――ガンドウが、危ない」

「へ……?」


 ――まるで、トーナメントで初めて対決した時へ逆戻りしたみたいに、寒々しかった。





     ◇





 猛烈な勢いで、無数の石弾がこちらめがけて飛んでくる。

 かつてガレットたちと決闘した時とは比べ物にならないほどに威力が高い――加えて、その一発一発に爆発や痺れ、猛毒、魔法封じといった凶悪な呪いが込められている。

 どうやら完全にこちらを殺しに来ているようだ。


 ――まあ。

 だから何だ、って感じなんだけど。


 僅か――本当にごく僅かにエネルギーを指先に込め、軽く払う。

 瞬間、虹色の閃光が迸り――全ての石弾が原子レベルまで分解された。

 ただでさえ憎悪に染まった顔を、ガンドウは更に歪ませ――笑った。


「っ――そ、そうこなくてはな。こんな準備運動程度で倒れられては、こちらも楽しくない」

「これが準備運動だと? 冗談よせよガンドウ、こんな幼稚園児のお遊戯レベルの術が、運動だって? とうとう脳味噌まで腐っちまったのかよ、凡人」

「……つくづく、身の程知らずの愚か者だなっ! ドラゴリュート!」


 機械的に、ぞんざいに作った皮肉に、いとも容易く青筋を立てるガンドウ。

 普段ならば、その様子を眺めてゲラゲラ笑ってやる所だけど――今は、そんな気分になれない。

 ただどうしようもなく空しい、それだけだ。


 彼は準備運動だなんて言ってたけど、千里眼で分析したら、どうやら今の攻撃は殆どフルパワーで繰り出されたもののようだ。

 まともに喰らえば最上級クラスのモンスターでさえ怯まざるを得ないだろうけど、俺からすりゃ蟻に噛まれたも同然だ。

 所詮はこんなモンか――などと思っていたら。


 再びガンドウが、気味の悪い笑みを浮かべた。



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