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外れていく



「そいつらがな」


 ガンドウが下品にニタリと笑った。


「わざわざ殺す必要はない、だの、あなたは正常じゃない、だの――一々喧しかったんだよ。喧しくて喧しくて喧しくて。不愉快で仕方がなかったものだからな。だから少々手荒になってしまったのだよ」


 俺は倒れ伏した彼女らを見つめていた。

 上手く言葉にできない、爆発の反対の現象が起こったとでもいえばいいのか、萎み切った弱り切った変テコな心持ちのまま、黙ってじっと見つめ続けていた。


「全く、二人とも付き合いはそれなりに長いが、ここまでデリカシーのない連中とは思わなかったんだがな。正常ではない、などと……バカバカしい。狂っているのはどちらという話だ」


 酷い有様だった。

 全身の骨を砕かれたキャットウォークは、その猫のように可愛らしい顔を絶望に歪めたまま血の海に沈んでいる。

 更に悲惨なのがアクアマリオンで、夜空のように深い蒼色の髪は全て引き抜かれている――陶磁器のように滑らかだった全身の皮膚まで剥がされているので、真っ赤な筋繊維が丸見えだ。

 眼窩に埋まった蒼い瞳だけが、彼女の面影を残していた。


「おまけに、俺に襲い掛かってまで来たんだぞ、こいつらは? 親しき仲にも礼儀ありだ、流石にこちらも相応の態度を取らざるを得なくてな」

「……もう、いい」


 まだ、辛うじて息がある。

 こんなにボロボロになってなお、死んでいないのだ。

 ――こんなに痛めつけられて、なお。

 あの可哀相な子供たちを守ろうとして、でも守れなくて。


「もう……いいよ」


 俺は静かに魔力を練り上げ、高めた。

 流れ出した淡い金色と虹色の光――煌めきの粒子がとりどりに混ざり合う。

 透き通る月光のような輝きが膨れ、弾け、膨れ、弾ける。


「ふむ? 強いエネルギーと細胞活性の性質変化……ははは、ドラゴリュート。お前、連中を蘇らせるつもりか? 無駄な足掻きだ、これほどまでに致命的なダメージを癒せる訳が――」

「ガンドウ」


 別に、魔力を込めるでもなく――


「――少し黙れ」

「っ!?」


 ただ、眼前の大男へ、視線を向けた。

 びくんとガンドウは身を跳ね上がらせ、本当にそれきり黙り込んでしまった。

 何だ――案外、素直なヤツだな、こいつも。

 でもどうだっていい、どうでもいい、もうそんなの知らないんだ。


 かつんと踵を地面に打ち付けた――途端、勢いよく魔力が噴き出してくる。

 翡翠と銀の煌めく帯が連なり、そこに黄金の靄のようなものが覆い被さった。

 幾筋にも分かれた光のラインが血と死骸の海めがけて降り注いだ。


 瞬間、何かが緩く解け、溶け出すような音が響き―― 


「なあっ!?」


 アクアマリオンとキャットウォーク、子供たちが次々に起き上がり始めた。


「あ――あ、う? 私たち、生きて――?」

「い、一体何がっ……し、シズム? いつの間に、部屋から出て……?」


 当たり前だけど、皆動揺しているようだ。

 だけど、後遺症なんかが残っていそうなヤツは見た所一人もいない。

 よかった。


「バカ、な――あれだけの人数を、一瞬で完全に癒し切っただと!? 貴様、一体どんな小細工を――」

「だから、喋るなっつったろ」


 自分でも驚くほどに冷たい声が出た。

 ざわめく声がぴたりと収まる。


 部屋の中央に鎮座する巨大な竜の鱗には、べったりと血糊が纏わりついていた。

 それでもなお収まる気配のない純白の明かりが、引き攣ったガンドウの顔を醜く浮かび上がらせる。


「――は、ははっ! そうか、成程――分かったぞ!? ドラゴリュート、それに、お前たちも、本当は“子供攫い”の連中と手を組んでいるんだな!? だからこんなにも執拗に俺を妨害し、強い力まで――」

「いつまでもゴチャゴチャとうるせえな。いつまで御託並べてるつもりだ? 凡人」


 再び突き刺す冷え切った声。

 またもやガンドウは硬直した。


「お前の気持ちは手に取るように分かるぜ。ここ最近無様にやられてばっかだったもんなお前。ようく分かるさ。何もかも上手く行ってねえんだろ?」


 特に何の感慨もなく、言葉を連ねる。


「俺をブチのめしてえんだろ? ブッ倒して、無様に転がる様を見てえんだろ? 自分を見くびったヤツをよ、もっと大きな力で抑えつけてやりてえんだろ?」

「な……なっ、貴様、何をっ」


 ――急速に、ガンドウの顔色が悪化していった。

 みっともなくつっかえながら彼は反論を試みるが、その声色は酷く拙い。

 まるで前世の俺みたいだ――無理矢理頬を釣り上げて、薄笑いを浮かべる。


「クソつまんねえ動機付けは止めろ。気持ち悪いんだよ。ウダウダくっちゃべってねえでとっとと掛かってこい。お前のプライド全部叩き折ってやっから」


 淡々と煽るように言う。

 何の感情も浮かんでこない――だけど、ガンドウには効果覿面だったようだ。

 恐怖と怒りと羞恥の入り混じった顔で彼はこちらを睨みつけてくる。


「……な、なるほど……? ふ、ふふふ、そういうことか。お前もあの気味の悪いエネルギー体を取り込んだという訳か……つ、つくづく哀れなヤツだ、才に満ち溢れた俺を阻むべく、人の道を踏み外してまで――可哀想なガキだ!! せめて俺が引導を渡してやろうっ!!」


 ――人の道、か。

 ははは。

 内心、乾いた笑いを挙げる。


 道だなんてそんなモン、もうどこにもありゃしねえよ。


 怒る気力すらもはや存在しない。

 もう、今日は早く帰って寝たかった。

 だけど、こいつの気持ちをどうにかしたらこれでお終いなんだ。

 迸る闘気を魔力に乗せ、繰り出してくるガンドウに――俺は、目を細めた。




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