お零れ
銀色の閃光が瞬いた。
薄ぼんやりした明かりを鮮烈に切り裂いた。
ぱちぱち星屑が舞い踊って飛んだ。
「…………え」
ずるり。
剥がれるような崩れるような。
重たげな音が響いて。
メルの全身を覆っていた触手が解け、地に落ちた。
たくさんの瞳が俺の方に集まってくるのが分かった。
驚いて困惑して胸ドキドキさせて。
皆が俺を見ていた。
「あ、え? なん……っ、どうし、て、これ、何……?」
「シズム……」
それが信じられないくらい不愉快だった。
「……うるっ、せえんだよ」
凄く嫌な声が出た。
今日はとてもモヤモヤするようなことがいっぱいあったからだろう。
全部が爆発しそうだ。
その寸前に至っているんだ。
ただもうどうにもならねえって、そういう状態だ。
「死にたいって。殺してって。死んで? それで? 死んでどうすんだよ?」
「え……っ? な、えっ」
「分かんねえよな。そうだよな。ああ。そんなモンだよな皆」
もし死ねばあの子たちだってきっと俺みたいに生まれ変われるのかもしれない。
凄い力と綺麗な体を貰って生き返れるのかもしれない。
でももしそうならなかったらどうすんだよ。
あいつら皆そのまま消えてくんだぞ。
腹一杯になることも暖かなベッドで眠ることも大人に愛されることもないまま死んでくんだぞ。
なんでそんな、こんな小さいのが、こんな、哀れな。
こんな脆くて責の欠片すらないようなのが。
そんなにも、そんなにも。
「だけどそうだ。そんなモンなんだ。死んだ後のことなんか分かんねえよ。でもそれでも今生きてココにいることのが苦しいってなるからそっちに行くんだよな。生きてさえいれば? いつかまた元気になれる? 意味を見い出せるって? ふざけんじゃねえッ。お前ら全員クズだよ才能の欠片もねえクソ凡人の最底辺だよ。俺からしたら産業廃棄物も同然のゴミ共だ」
生まれついてクソみたいな親を持っちまったばっかりに。
素敵な容姿を、正常な頼れる大人を。
まともな社会に、環境に生まれつかなかったばっかりに。
才能がなかったばっかりに。
死ぬんだ。
打ち捨てられて消えて悲しみを抱えたまま死ぬんだ。
一度意味をなくしてしまえばもう取り返しようがねえ。
意味がないって分かってしまったモンを取り戻したいなんて思える訳ねえ。
二度と思わねえ。
こんなの卑怯だズルだふざけてるふざけてる納得いかねえよ。
心が千切れそうになるくらい痛い、目頭が熱くて熱くてしょうがねえ。
初めから恵まれてるヤツはとことん恵まれ続けるんだ。
全てに恵まれながら、“ああ、苦しいこともあったけど素晴らしい人生だったなあ”っつってさ、色んな人間に惜しまれながらくたばるんだ。
ふざけんじゃねえ。
指差されて笑われるしんどさも身分でカテゴライズされてバカにされる恥ずかしさも能力が足らなくて死にそうになる苦しみも知らねえでふざけんじゃねえ。
ツイてねえヤツはとことんボロクソにやられ続けるんだ。
全部何も何一つだって上手く行かないまま無様に、無様に。
それで“クソみたいな人生だった”って誰もいない冷たい中で死んでいくんだ。
野晒しにされて腐って虫にたかられて死んでいくんだ。
「……そ、うです。わたしなんか、ゴミみたい、だから。だから、しんじゃいたいって――」
「うるせえッ黙れッ!! それ以上喋ってんじゃねえっつってんだよッ殺すぞ!!」
絶叫する。
ひっ、とメルが喉を引き攣らせる。
ほんと腹が立って腹が立って仕方がない。
畜生畜生。
「行く場所がねえだと!? じゃあ!! じゃあさあ!! 俺がお前ら引き取るっつったらどうなんだよ!!」
「へ……?」
「ほらできたぞ!! 行く場所ができたぞ!! メシだって寝床だって用意してやらあ!! それでお前はお前らはどうしたいんだよ!! ああ!? 答えてみろ生ゴミ共!!!」
自分でも信じられないくらい気分が荒れている。
俺は今何を言っているんだ?
「ど、ドラゴリュートくん!? いや、え、君いきなり何っ……て、ていうかそんな、君、親になんて説明するつもり――」
「知るかよセコセコセコセコクソくだらねえ心配ばっかしやがってブッ殺すぞ!! 説明!? 黙れよどうでもいいんだよそんなことさあ!!」
でも訳分かんないけど凄くすんなり言葉が出てくる。
いつかガレットとブレイドルと話した時とおんなじだ。
あの時まんまなんだ。
「金なんか俺の力があれば幾らでも稼げるんだよッそれで孤児院だろうが何だろうが好きなトコ入れてやるわ!! それとも家ごと建ててやろうか!? これでこうやってさあ、才能のある人間の足元に縋って生きてきゃいいんだろ!! それしかやりようがねえんだろテメーらクソ凡人共は!! それ以外の選択肢なんかどこにもねえんだよ!! 他にやりようなんかねえんだよ!!」
結局全員そうだ。
上から見下しながらブン殴るかニヤニヤ嘲笑いながら自己陶酔しながら手を差し伸べるかそれだけだ。
生まれ持った差を埋めてくれんのはいつだって上にいる恵まれたヤツのお零れだよ。
女神だってそうだったろう。
あいつだって俺を哀れに思ってよ、それだから力をくれたんだろ。
お前は世界一惨めなヤツだ無様なヤツだってさあ。
誰も彼も上に立ってる人間の都合で傷ついたり元気になったりするだけなんだぜ。
「やってられるかよ!! ふざけんじゃねえってんだよ!! 結局どいつもこいつもマウント合戦してるだけだ!! クソほどの才能もないヤツの見い出す希望は全部恵まれてるヤツのお下がりみてえなモンなんだって最後の最後に信じてた意味とか理由も全部人からの貰い物なんだよッ!!!」
やってられねえよ。
やってられねえんだよ畜生。