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どこにもない、どうにもならない



「……今、君は、何と言ったんだにゃ?」


 酷く不安定なトーンでキャットウォークが言った。

 それと相反するように、メルはニコリと笑う。


「わたしたち、このばしょ、の、ほかに、いくところなんて、ありませんから」

「い、行く所がない、って――んな、そんなの孤児院とかっ」

「そういうとこ、は……“ふつう”の、子、しか、いけない、です」


 また、彼女は小さく微笑んで。

 その拍子に、彼女の腹の辺りから赤黒い塊がぼたりと落ちた。


「こ、こんなふう、に、へんな子、きもちわるい子は、ダメ、って。ひょうばん、が、わるくなる、って……」

「……で、でも……それでも、殺して、だなんて……」


 言葉を濁すキャットウォーク――彼女も、自分が無責任なことを言っていると分かっているのだろう。

 いっそ、自分が彼女らを引き取ってやれたなら。

 そんなふうに思って――でも、それが絶対に不可能なことなのだと。

 分かって、いるのだろう。


 この場に居る誰もが、たかがガキの十人や百人余裕で養える程度の財力を持ち合わせている。

 その気になれば援助はできるのだ。

 ――だけど、それが長期的なものとなれば話は別だ。

 メルたち全員を養うにはそれなりの金が必要になるし、それなりの金を動かせば親に目を付けられる。

 親に目を付けられりゃ、メルたちの存在がバレる。


 そう――謎の超高出力エネルギー体、その一部を体内に埋め込まれた、ともすれば新たな“兵器”と成り得る、生きた実験体の存在が。


 そうなっちまえば、もうどうにもならない。

 幾らキャットウォークたちの家が名門と言えど、国に逆らうことなんてできやしないのだ。

 彼女らは、下手すりゃ今よりも更に酷い目に遭うことだろう。


 どうにもならない、どうにだってならないのだ。

 苦しげな顔でキャットウォークが言う。


「せめて、外で物乞いでもやってりゃあ、拾ってくれる物好きはどっかしらにいる筈、にゃ……」

「もの、ごい? うふ、ふふふ……そ、そうです、ね」


 異様な、嘲笑うような――諦めているような調子で、虚ろにメルは笑う。


「わ、わたし、たち……みんな、おかあさん、と、おとうさん、に、売られた子です。みんな、おかあさん、と、おとうさん、に、きらわれてた子、です」

「なっ……」


 お母さんとお父さんに、売られた?

 どういうことだ、彼女らは“子供攫い”に誘拐されたのではなかったのか?


 いや、待てよ――そうか、そういうことか。


 “子供攫い”は誘拐組織ではない。

 正確には、子供専門の人身売買を請け負っていた犯罪集団――誘拐ってのは、子供を売り飛ばした親が国の目を欺くための方便だったのだ。

 この場に居る全員が、親に愛されなかった――その存在に、意味を、価値を、理由を見い出されなかった子供たちなのだ。


「ず、ずっと、ずっと、いいっ、いたかった、つら、かったっ。ゴミばこ、あさって、食べものさがしてました。わたしと同じくらいの、き、キレイな子のっ、た、食べのこし、食べてました」


 壮絶な少女の告白――

 鬼気迫る様子で叩き付けるように喋り続ける。


「お、お家からおい出されて、さむくないところっ、さがして、ましたっ。たのしそうなひと、の、しゃべりごえ……つ、つめたい、じめんに、ねながら、きいてました」


 そ、そこ、で。

 おなじ――わたしとおなじくらい、の、おんなの子をみました。

 足が、ちぎれてる、おんなの子をみました。

 いっしょうけんめい、おめぐみを、おめぐみを、って。

 ノドから、血が出るまで、さけんで、ました。


 それでも。

 だ、だれも、だれも、その子のこえ、きいてなくって。

 みみっ、みんな、わらったり、つ、ツバをかけたり。

 ひどいこと、しっ、して、されてばかり、で。


 だけどっ、その子はまだっ……おめぐみをっ、たすけて、たすけて、って。


 さ、さいごのほうは、もう、さむくて、さむくて、まっさおで。

 そしたら……とおりかかった、おにいさんたちが、その子に……お、おかねを、わたして。

 その子は、なきながら、ありがとうございます、ありがとうございますって。


 そのあと。

 おにいさんたちがその子を、ひとのいないところにひきずっていって。

 ものすごい声がきこえて。

 こわくて、こわくて、かかわりたくなくて。


 それから、あさになって。

 つれてかれたほうを、みにいったら。


 その子、しんでました。


 おなかが、ひらかれてました。

 そのなかに、ゴミとか、いしコロとか、いっぱいいっぱい入れられてました。

 きたない汁で、ベトベトになってました。

 ないぞうは……そのへんに、ほうりだされてて。

 おはなばたけみたいでした。

 おめめも、くりぬかれてて、なくなってて。

 今のわたしみたいに、おにくが、むきだしになってて。


 オバケみたいになって、しんでました。


「……わ、わたしたちみたいな、きもちのわるい、オバケみたいなニンゲンモドキ、だ、だれが、ひ、ひろって、くれるのですか。い、意味、なんて、価値なん、てっ、どこにもないのに、な、なんにもないのにっ、こんなの、こんなっ……」


 メルは――悪鬼のような表情で、叫んだ。


「わ、わたしたちは、どっ、どこに、どこにゆけばいいのですかっ! みにくくって、きたなくて、くさくって、なんにもなくて、なんにもないニンゲンはどこにいればいいのですかっ! なんにもないのです、意味、意味がっ、価値も、グズな、あ、ああっ、う、ひぐっ、うう、うあああああうっ…………」


 ドス黒い音が、不快な、本当に不快な、バカバカしく暖かな乳白色の光に吸い込まれる。

 誰も何も言えない、できない。

 泣きじゃくるメルに釣られて後ろの子供たちも嗚咽を零し始めた。

 顔面の皮膚が剝ぎ取られた女の子が無様に鼻水を垂らして。

 瞼と口と耳と鼻が触手で潰された男の子が涙を落として。

 誰にもどこにも価値がなかった。

 全員がもしかしたら死を望んでいるのかもしれないし、ていうか実際多分そうなんだろう。


 もう彼女らはどこにも何にも意味を価値を理由を見出すことができないのだ。

 昔の俺みたいに。

 だったらもう何もできない、手の施しようがない。

 そうなった時の気持ちが理解できてしまうものだから。

 分かってしまうのだ。


 ただ一人。

 きょとんとしている、褐色の肌のリムだけが。

 彼女だけが泣いていなくて。


 それが本当にどうしようもなくて。

 俺は、俺は、俺は――




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