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センセー視点
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途中からスイ視点
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口説く宣言をしてから、毎日毎日スイのところに通った。
初めは何時間もチミの能力を使って語りかけないと顔を出してくれなかった。粘って粘って、やっと出てきたスイは頑なだった。
俺がなにを言ってもなにをしても、呆れたように見ているだけだった。
元クラスメートたちの話も、元いた世界の話も、海の世界の話も、興味がないようだった。
ただ、カイの名前を出すと、過剰に反応し、すぐに海の中に潜ってしまい、その日はもう答えてくれなかった。だからカイの話はしないようにした。そのスイの反応も原因だが、個人的にも、片想いの相手の片想いの男の話はしたくなかった。俺はずるい大人だから。
そうやって何度目の通いだったろうか、次第にスイはすぐに顔を見せてくれるようになった。何度も何度も呼ばれるのは耳障りだと、言い訳をしながら。
スイを振り向かせるために、いろいろとがんばってみた。
恋愛には、相手の胃袋を掴むのが定石らしいので、さまざまな料理や食材を持って行った。スイはなんでも食べられるようで、持って行ったモノはほとんど食べてくれたが、聞くと、特に好きなモノは無く、生きるのに必要な栄養はすべて海の中にいれば勝手に体が補給するからそもそも食事はしなくていいらしい。
それならば、プレゼント攻撃はどうか、というと、海に棲んでいるからもらっても困ると言われ、こちらが困った。置く場所がないようだ。しかも物欲は無い、と。
恋人同士ではスキンシップが効果的だと聞き、軽くタッチから初めたが、蔑むような目で見られた。心が折れる前に、違う方向に目覚めそうだ。
デートに誘うと断られる。
好意は言葉と態度で毎回伝えるようにしているが、あの初日以外気にもとめられない。
しかたがないから長期戦だと思い、ぐだぐだとおしゃべりをする毎日だ。
「ところで知ってるか。もうすぐ卒業試験の期間が終了するんだ」
「ふーん」
「スイ、本当にこのままカイとお別れでいいのか?」
「……別にいいよー」
「そうか。俺も別にいい。試験が終わっても、俺はこの世界にスイに会いに通うからな」
「ふーん。センセーは馬鹿だねー」
「まあなあ。スイに惚れた弱みってやつかな。そうだ、俺のこと“センセー”って呼んでるが、もしかして俺の名前を知らないとかじゃないよな?」
「……」
「あーまじか。俺の名前は」
「別にー聞きたくないなー」
「……そうか。まあいいや」
取り付く島もない。
そういえば、スイがなんの生き物かを調べてみたが、一向に当てはまるものが出てこない。変身魔法が使えるくらいに格が高く、辰のような姿をした、生き物。伝説として囁かれている龍という生き物ではないだろう。だって、龍は生涯唯一のつがいを見つけたら、最期まで決して離さないという。スイが龍ならばカイをあきらめる理由が全く見つからない。
俺が一方的に話しかけて、スイは適当な返事を返す。そんなことも、絶賛恋中の俺には楽しく思える。今日はあのことを話そう、とか、明日はあれを見せよう、とか。スイのことがもっと知りたい。俺のことをもっと知ってほしい。と、とにかくわくわくしていた。
今日は、カイたちの卒業試験日最終日だ。
無事にカイたちは全員卒業できる点数をとった。この世界の住民の復興も進んだ。
32人の天使候補生たちは、救ってあげた住民たちとお別れを言っている。
そして、天使候補脱落者であるひとりは、俺の横に人間体でふてくされたように座っている。
無理矢理連れてきたスイだ。
俺の使役獣のチミを使ってスイを連れてきた。スイは逃げようと思えば逃げられたが、そのときにチミを傷つけてしまいそうだったのでしかたなく着いてきてくれた。
スイは、心根が優しいやつだ。俺のかわいいチミのかわいさを傷つけるようなことはしないと信じ、その通りだった。
「ほら、見ろよ。あそこ」
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「キレーな海だね」
大海原が広がっていた。
とても美しい景色。
「いや、そっちじゃねーから。下を見てみろ」
「………ぁ」
そこにはクラス全員がいた。
「………なにやってるの?」
「ああ、卒業アルバムに載せる写真を撮ってるんだ。青い海しかないここを背景にな」
「ふーん」
スイの人間の女の子の姿の目には涙があふれてきていた。
「元気そうでよかった」
楽しく過ごしたクラスのみんなの顔があった。
懐かしかった。
そこには笑顔のカイがいた。
――出来損ないの龍になるくらいなら、カイと同じ人間になりたかった。
「お前、本来の性別は女なんだろ」
――いや、違う、どっちでもないんだ。ただの化け物だ。
「どーしてそー思うのー?」
「見てればわかる」
「カイのことが好きなんだろ」
以前、スイに向けていた笑顔を、他の人に向けているカイ。
――そーだよセンセー。でも少し違うよ。
「違うよー。……好きじゃない。好きだっただけ」
センセーはなにも言わない。
「あの頃は楽しかったなー。みんなの顔をまた見れてよかったよー。センセーありがとね」
「お前はどうして、そう」
「ふふふー」
「なんで、最初にうちに入学するとき、女の姿で来なかったんだ? カイは同性愛者でもなかったのに」
「だってー。あの子は、友人を欲しがってたんだものー。くったくなく笑いあえる友達が欲しいって、さ。だったら、その友達になってあげたいじゃん」
「……」
「あれー? どーしてセンセーが泣いてるのー?」
「いや、だって……」
写真撮影をしているクラスのみんながなぜかこっちのほうに向かって手を振り始めた。
「ボクに? なわけないか。ほら、センセー、みんなに手を振り返しなよ」
「お前だよ。お前が振り返してやれ」
「……ボクじゃないよ」
「バーカバーカ」
「センセー……いい年した大人がバカなんて言葉使うのー。バカって言ったほうがバカなんだって知らないのー?」
「知らねーよ! いいから! 手を振れよ!」
「……振り返せないよ。だって、ボクはもうあのボクじゃないもの」
センセーは、退学したボクが来ていることを言ったようだ。
ボクを見つめる、カイに。
ボクは。
「サヨウナラ」
また再び海の中に逃げた。
これでいい。
お別れなんて、一回で良かったのに、お節介なセンセーによって、二回になんてしまったが、もう、ボクはカイとは言葉を交わさないと決めたのだ。
でも、
「最期にまた一目見れて良かったよ」
「それでいいのか? カイはお前に会いたがっていたぞ。敵に塩を送るようでアレだが、そんな風な顔をしたスイは見るに堪えない」
カイたちは元の世界に戻り、センセーはまたスイの岩島に来ていた。
「あのねー。センセーはボクなんかをスキだーって言ってくれてさ。ボクは正直、カイ以外の生き物には興味がないからー迷惑だなーって思ってたんだけどさ」
「態度で散々わかってたが、言葉で言われるとさすがに堪えるな」
「そんなボクに根気強く関わろうとしてくれてー、なんかおもしろかった!」
「そ、そうか。それはなによりだ」
「でー。そのお礼? にならないけど、嘘ばっかりのボクの本当を教えるよー」
センセーは驚いた表情をする。
「ボクはね、あと数年で死ぬんだー。てへへ、その間だったら、センセーの長いおしゃべりの相手くらいならしてもいいよー。どうせ、ボクにとっても、センセー達人間種にとっても短い年月だからさ。暇つぶしにでも来てくれたら、相手くらいはするよー。でも、ボクの心はすべてカイのものだから、センセーにあげられる部分はないんだよねー。それでもいいなら、ね」
「……それで」
「それで?」
「それでいい。それでもいい。お前が明日死のうが明後日死のうが、それでも、いい。お前の隣に俺がいることを許してくれるのなら」
「あははー明日や明後日には死なないかなー。そうかーなら、許すよー。今まで邪険に扱ってごめんねー」
まあ、そんなこんなで。
出来損ないの龍は、唯一のつがいでもなんでもない人間種と、愉しく最期まで、おしゃべりをしていたとさ。
めでたしめでたし?
水色の女の子と、その子に“センセー”と呼ばれる男の二人組が、様々な世界で楽しそうに様々な厄災から生き物を救っていく姿が目撃されるのは、また別のお話。
おしまい。




