4
センセー視点
4
「じゃあ、お前ら、天使業に励めよー。卒業がかかってるからな」
そう言って、クラスのやつらを海の世界に送り出す。
皆、意気揚々と世界を渡る。そして、世界が少しだけ良くなるようにと動き始める。
その様子を離れたところから、俺は見る。試験であるから、ひとりひとりに成績をつけなくてはならない。
ああ、あいつは器用に卒なくこなしているなあ、10点加点、と。
あっちのやつは、ダメだなあ。もっと上手くやれば良いものを、後で教えてあげよう、マイナス5点、と。
お、あそこにいるのは……カイだな。相変わらずヒトの輪に入っていくのが上手だ。他生物の感情を感じ取る能力も長けている。しかし、恋愛には鈍感、か。……仕方がないな、10点加点、と。俺の心の中での点数はマイナス100点なのだが。
離れたところで、俺の使役獣の能力に助けられながら、採点を進めていく。
そこに、近づく影があった。
「あの!すみません!」
「ああ、君は確か、スイにワンピースを渡してくれた、女の子」
「はい!チュラと申します」
「チュラさん、何の用?」
「あの、その、スイ様はどちらにいらっしゃるのか、ご存知ですか?」
「……俺が知りたいくらいだよ」
「そうですか、センセー様もご存知ありませんでしたか。あのときお怪我をなされたのでしょう?ご無事かどうか心配で、あともう一度、お礼を言いたかったのですが」
「俺も心配しているところだ。うーん一緒に探してくれるか?たぶん、俺ひとりだと逢ってくれない気がするんだ」
「はい!もちろんです!」
採点のほうは、一度休憩して、スイを探すことにした。
サヨナラだと言われてから、逢っていない。
スイはきっと、もう二度とこちらに顔を出さないつもりなのだろうが、それは俺が嫌だ。逢いたい。
それに、チュラというこの少女も心配していたように、怪我が心配だ。
怪我しているときに無理矢理、変身魔法を使うと、それは内部へダメージがいく。
ボロボロと見たこともないくらい透明で綺麗な涙を流していたのだ、きっととても痛かったのを我慢していたのだろう。それがきちんと治っているのだろうか。やはりあのとき、嫌がられても世界を移して治療を受けさせるべきだったのかもしれない。後悔。
チュラと一緒にあの避難先に使っていた岩島の中に行く。
もしかしたら、ここで休んでいるかもしれないと思った。
「チミ」
呼びかけると、俺の使役獣は影から出てきた。
「わぁ!かわいい!」
「ははは、そうだろう。なんせ、俺の使役獣だからな」
素直に目を輝かせるチュラの様子に気分を良くしながら、チミにお願いをする。
「チミ、水の中に声を響かせることは可能か?」
できるよ。と彼女の声が頭に響く。
「じゃあ、お願いするよ『スイ、ワンピースを貸してくれたあの女の子がスイが無事かどうかが気になっている。どうか、顔を見せてくれないか。お願いだ。顔を見せてくれないと、女の子が海の中に入っていくと言って聞かないんだ。このままじゃ、女の子を見殺しにすることになってしまうから、どうかどうか、スイ、出てきてくれないか』とね」
わ、わたしはそんなこと、言ってませんしやりませんよ!と顔を真っ赤にして言うチュラを横目に、チミが海の中にその言葉を伝えるのを見る。
言葉を伝え終わったようだ。
水面にはなにも変化がない。
1分経った。
2分経った。
10分経った。
「チミ、もう一度お願いする『あと1分以内に顔を出さないと、カイにお前の想いを伝えてしまうぞ』と」
脅しを少しかける。まあ、これで出てこなければ、ここ周辺にはいないか、寝ているか、だろう。怪我で苦しんでいるとは想像もしたくない。
1分経つかと思った瞬間、バシャーンっと海水が顔にかかった。それも俺だけに。
そこには、スイがいた。
水生生物の姿をしたスイだ。
つるりとした光沢のある肌が美しい、辰に似た姿。
ああ、奇麗だ。
「ぐるる……ん、んんんん〜。あーあー。ごほん。はい。はい。出てきましたよ。出てきました。カイに言ったらその首へし折るよ〜。ええと、あ、思いだした!センセーは何の用ですかー?」
魔法で声帯だけを変えたのだろう。器用なことをするものだ。尊敬する。
「あ!キミは、ワンピースを持ってきてくれた子だね!久しぶりー元気だったー?あ、わかっちゃった!隣にいるセンセーに無理矢理連れてこられたんだねー。大丈夫?変なことされてない?変なことされてたら、ボクが今すぐに首をへし折ってあげるから、安心してね」
「俺が変なことするわけないだろ!」
「へ、変なことなんてされていないです、スイ様。わたくしは、チュラと申します。スイ様のお怪我が気になって気になって、わたくしが無理を言って連れてきてもらいました。どうか、首チョンパはわたくしにしてください」
「いやいや、チュラちゃんにするわけないよ!もうー何を言わせてるのさ、センセーは!」
「ええええ、俺か?今の俺が悪いのか?!」
「そうに決まってるよ。センセーがそんなに折れそうな首をしているのが悪いんだー」
「なんだその言いがかりは」
「ふふふふ。おふたりはとても仲が良いのですね」
その言葉は、良く耳にした言葉だ。スイとカイに向けての、言葉。それに対して、スイはいつも、親友だからね!と答えていた。
「あ、その、いや、まあ、ははは」
なにかスイに悪いことをしているような気がしてきて、誤魔化すように笑う。
スイは、目をつむっていた。
やはり、ダメなのだろうか。スイはカイでなければダメなのだろうか。その目を開けて、俺を見て欲しい。俺の名前を呼んで欲しい。俺と一緒にいて欲しい。そう願うのは、俺のわがままだろうか。
「あの、スイ様、お怪我の具合はどうですか?」
「んー?怪我?ああ、怪我ねぇ、あんなの、一晩寝たら治っちゃったよ。へーきへーき。それにしても、心配かけちゃってごめんねー。ボクは大丈夫だからさ、チュラちゃん、もう二度とこんなセンセーなんかに頼って、こんなところに、こんなボクを呼んじゃダメだからね」
「なぜ、ですか?」
「んーだって、ボクは、もうだれとも関わる気はないからね。それに、怖いでしょう?自分たちと異なる大きな生き物って」
「こ、怖くありません!スイ様のこと、怖いだなんて、そんなこと思ったことありません!スイ様は優しくてとても美人なわたくしたちの恩人ですもの」
「ふーん。なるほどねぇ。そう言われるのは結構嬉しいものなんだね。まあ、いいや、でも、センセーが変なことを言わなければ、もうキミの呼び声には応えない。ごめんね、ボクはこんなだから、ね。キミたちとは異なる生き物だから」
その返答に、チュラはショックを受けたようだった。
スイはどうしてここまで拒絶をするのだろう。ヒトと関わるのは、良いことだ。スイがここの世界に住むのだとしたら、現地のヒトと仲良くなっておくのは、共存するためには良いことだ。スイは恩人だと慕われている。あの2回の接触だけで、ここまで慕われるのは、才能だ。それだけ、スイの存在が凄いということだ。
それなのに、拒絶するスイ。
どこか哀しそうな顔をしている。なにか理由があるのだろう。
「どうして、そこまで拒絶をするんだ?」
「……別に。センセーには関係のないことだよ」
「いいや、関係あるね。俺には俺の受け持つクラスの奴がどれくらい現地の知的住民とコミュニケーションを図れるかを見なければならないという使命がある」
「センセーの頭おかしいんじゃないのー?ボクはもう退学したって言ったでしょー」
「それでも、お前はまだ、俺の学生なんだよ」
「はあーいみがわからない」
「今は意味がわからなくてもいい。じゃ、また来るからな。今度は一回目の呼びかけで来いよ」
「なにいっちゃってんのさ。ボクはもうセンセーと会わないよ」
「いいや。会うよ。会いに行くよ。俺はスイが好きだからな。口説きに来るよ。期待して待っててくれ」
「はあー?」
スイの表情が変わったのがわかった。ヒトではない姿でもそれがわかったのが嬉しい。
隣にいるチュラもびっくりしている。
「スキってどの意味のスキ?」
「恋愛対象として見ているという意味の好きだ。今すぐ結婚してくれてもいいが、恋人でいる期間なんかも味わいたいから、ゆっくり口説き落としていくと決めた」
「あ、あのさ……」
「勘違いでなければ、スイがカイに向けている感情の好きを、俺はスイに向けている」
それを言い切った途端、大量の水が降ってきた。
顔にかかった水を手で乱暴に拭い、目を開いたときにはすでに、スイの姿はなかった。
「俺はお前のようにあきらめないからな」




