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水龍  作者: さとのうとさ
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3

センセー視点

3


 不思議なヤツだなあとは思っていた。

 クラスの中で使役獣を持っていないのはスイだけだった。


 俺は、天使養成特化指定校の教師だ。

 俺たちの世界は先進的な発達を遂げ終えた世界だ。

 科学だって魔法だって超能力だって、なんだってある。技術は進歩し過ぎているほどだ。

 宇宙の出来事はほとんど把握できている。次元を超えることもできるし、他世界に行くこともできる。

 知識の量だけを見れば、この世界は無限大にあるとされる他世界の中でもトップクラス。

 俺が生まれた世界はそんなものだった。

 そして、俺のいる天使養成特化指定校というのは、名前の通り、天使になるための学校だ。

 天使とは、未発達の世界に渡って行き、そこの知的住民たちを助ける職業のことだ。助けるとは具体的に言うと、たとえばそこの住民たちがなにかに困っていたらそれを一緒に解決したり、技術の発展が遅れていたら一緒に少しだけ進めてあげたりというものだ。

 知的住民たちと“一緒に”という部分が重要になっている。

 俺たちの世界ははっきり言えば、なんでもできる。そして他世界や他次元に多大な影響を及ぼすことも可能だ。

 だがしかし、下手に干渉してしまうと、膨大な量の世界に影響し、それらをすべて壊してしまう可能性もあった。その余波が俺たちの世界に及ばないという保証もない。だから、他世界や他次元には最小の接触を心がけましょう。そしてなにか起こすときはそこに住んでいるモノたちと一緒にやりましょう。という決まりが作られた。

 大き過ぎる力を持ってしまったが故の決まり事だった。


 俺たちの世界の人間種は、元々使役獣というモノを持って、それを使い、長い間やっていたそうだ。

 そこから色々と技術が発展して色々あって今の世界になったのは別の話だ。

 使役獣というのは、契約を結び、人と獣が心を通わせ、獣と共に一生を過ごすことだ。と、されている。

 大昔では、人間だけが特別に使える獣の奴隷だなんだのとごちゃごちゃやっていたらしいが、今の俺たちはそんな思い上がったことは思っていない。

 使役獣という言葉はその大昔の名残みたいだ。

 実際は、先ほども言ったように、獣と心を交わし、お互いの生活を助け合うようなものだ。

 もちろん俺にも使役獣がいる。

 俺の使役獣を紹介しよう。

 水妖精のチミだ。

 手のひらを広げたくらいの大きさで、流水色のふんわりとあたたかい光の球にそれと同じ色で雫のような繊細な見事な模様の透けた羽が4つ付いているこの愛くるしいのが俺の使役獣だ。

 可愛いだろう?

 当たり前だ。俺の使役獣なのだから。

 獣といっても、それは人間種以外の生き物を指している言葉だ。

 チミは水妖精なので水との親和性が高い。水を操ることもできる。

 ただ戦闘には向かない。向かわせない。こんな可愛い俺のチミを戦いの道具にはしたくないし、させない。

 だから、天使という職業には向いていると俺は思った。そして、実際に天使をいくつかの世界で行ってきた。

 今はその職業につくための学校の職員になったというワケだ。


 天使という職業は、人との協和性が大事なので、クラスという制度を導入している。

 同じ期間に入学したものたち同士でひとつのクラスを形成し、卒業まで同じ時間を共有して一緒に授業や実習をする。

 同じクラスになったものたち同士で対話し、仲良くなり、ときにはケンカや遊びでハメを外して信頼できる仲間を作ることが重要である。

 俺は今回、ひとつのクラス担任を任された。それがスイのいたクラスだ。

 スイを含めたクラスメートの人数は33人。他のクラスと比べると少し少ない。その分、団結力が高く仲の良いクラスだ。


 天使に就業しようとする人は総じて知力が高い傾向がある。それと、使役獣が戦闘に特化していない者が多い。もちろんこれは例外もある。

 例外のひとりがスイだった。

 スイは使役獣を持っていない。

 なぜ、と本人に問えば、返ってきた答えは、契約できなかったから、とだけ。

 なぜ契約できないのかと訊いても、あいまいに笑ってごまかすだけだった。

 使役獣を持てない理由は、きちんとスイ本人にはわかっている、というのが見て取れたから、助けを求められなければ手出しはしないようにしようと決めた。

 使役獣がいなくても本人が努力して勉学に励めば天使になるための知識は身につけることができる。ただ、実習が大変そうだった。

 使役獣を持っていること前提ですべての実習は組まれていたから。

 スイはそれでもヘラヘラと笑いながら実習をこなした。

 すごいなあと正直に関心させられた。

 スイの思考は柔軟性に富んでいて、使役獣がいないというハンデをもカバーする工夫を凝らして実習に臨んでいた。

 時折、どうやってやったのか皆目見当がつかないようなときがあったが、あれは今ならわかる。変身魔法を使っていたのだろう。あの難解な変身魔法を、その身ひとつで。

 そもそも俺たちの世界の人間種は、補助なしに魔法やら魔術やらを使うことができない。それらは使役獣を介してやっと使えるか使えないか、という程度のモノだ。

 それなのに、スイは使役獣も補助器具もなしにあの高度な魔法を行使していた。

 あの海の世界に行ってから使えるようになったワケではないだろう。魔法を使うことに手慣れた風だったから。俺たちの世界にいても使えていたハズだ。

 そうなると、スイは俺たちの世界の人間種ではないということになる。

 だとしたら、スイは何者なのだろう。

 生身で魔法を使える種がいる世界はそれこそ無限大にある。スイはそれらの世界の出身なのだろうが、特定するのは難しい。

 スイはさらに、世界から他世界へと渡るすべを持っているようだ。海の世界に、学校の試験とは関係なしに来るには、スイ自身がその技術を持っていなければならない。学校の試験であれば、特定の時間に世界を渡る装置を使わせてもらえるが、スイがそれを利用したという記録はなかった。

 他世界に渡る技術は、他世界があることを理解していなければならない。そして、スイは海の世界に意図的に来たと思わせる発言をしていた。海の世界が気に入ったから住みたい、と。ということは、渡る世界を指定してピンポイントで海の世界に渡ったということだ。

 そこまで技術のある種がいる世界となると、ある程度は限られてくる。

 まあ、それでもやっと数字で表せる数になった、という程度の絞り込みである。膨大な量であるのは変わりはない。

 出身世界を探るのはここらでやめにしようか。スイも探られたくはないようだったし、あの学校に入学するときの書類も偽装だったことになってしまうのだから。


 それにしても、スイは謎ばかりだ。

 学校にいた頃はユルい口調でよく笑っている当たり障りのない男だと思っていた。

 が、海の世界では、人間種の女体だった。

 顔は学校にいた頃と変わらないものだった。ほのかに水色がかった銀髪に、蒼色の瞳、中性的な顔立ちで、なるほど女性でも男性でもどちらにも通用できるものだ。

 変身した後の水棲の生物の姿は、奇麗だった。ウミヘビのように細長い胴に、キラキラとしたウロコにおおわれていて、どこかの世界で見た物語の中の辰という生き物によく似ていた。

 その変身魔法を解いて、陸に上がってきたときの様子は、まるで本物の天使が来たのかと見間違うほど、その姿は儚く、透き通り、幻想的だった。

 女体での裸体は眩しくて、直視できなかった。少し照れながら言葉を交わしていたのだが、スイは変に思わなかっただろうか。

 さも、簡単なことであるような口調で、あの怪物を倒すと、提案してきたときは驚いた。

 先ほど述べたように、天使という職業に就こうという者は、戦闘能力が低いことが多い。なので、今回、卒業試験のために選ばれたこの世界の問題は、とても難易度が高くなっていた。それこそ、俺のクラス全員が留年してしまうくらいだった。

 この、海の世界は、ほとんどが海洋だ。陸は少なく、点々と島があり、そこに数少なく知的住民が身を寄せ合っている。こういった世界では、知的住民も、海の中で自由に動き回ることができる身体に進化することが多いが、今回はそれに当てはまらず。島で、海洋生物に怯えながら、暮らしていた。

 そこに、世界規模で何度も津波を起こす怪物が、現れてしまった。

 それを手助けして救うのが、俺たち天使の仕事で、卒業するために課された試験だ。

 で、あるが、その怪物は力が強く、俺たちでは倒せない。俺の受け持つクラスは、津波に荒らされた程度の復興なら、上手に現地の知的住民たちとできるだろうと自信を持って言える。しかし、たとえ、津波によって荒らされた街を復興する手助けをしても、また津波を起こされたら、振り出しに戻ってしまう。

 このままでは、試験に不合格となる。そこで、俺は、担任として、怪物をどうにかしてしまおうと、先にこの世界で策を練っていたところだった。こういう場合は担任が対処しても良いと、規定されている。しかし俺ひとりの力では対処が難しかった。

 そこに、使役獣を持たずに、身ひとつで、スイはやり遂げてしまった。

 異常だ、と思ってしまった。

 それと同時に、美しい、とも思ってしまった。

 学校にいるときのスイは、いつも、カイという男子学生と共にいた。

 スイは何度も何度も、確かめるかのように、カイのことを親友だと言っていた。

 スイはカイしか見ていなかった。

 教師である俺と話しているときは、どこを見ているのかわからない目をしている。カイの前ではあんなにも表情豊かに輝いた目をするのに。

 つかみ所のないゆるい口調は、他人が踏み込むことを良しとしない壁のようなものだったのだろう。それは、カイに対しても同じであった。

 あれのどこが、親友だったのだろうか。

 スイが、変身魔法を使って怪物を倒せることに対して、カイに見られたくない、と渋った言葉によって、確信した。

 スイはカイに恋をしている。

 それにも関わらず、男性体に変身していたのだろう。カイ相手には悟られないように。

 健気だ。

 恐ろしいほど健気だ。

 そして、そんなスイに強く惹かれる自分がいる。

 あの、カイしか見ていない瞳に、俺をウツさせたい。

 自分の感情に戸惑いを憶える。

 ああ、俺はバカだ。スイのことはただの男子学生としか認識していなかったのに、ひとりの他人だけを見続けるその姿を見たら、急に欲しくなるなんて。ああ、バカだ。

 なにをしていたのだろう。自分は。

 何年も目の前にいたスイのことを、今までなにも見ていなかった。見なかった。見ようとしなかった。

 あーあ、もったいない。

 そして、他人を好きな奴に片想いをするのは、不毛だ。不毛なはずなのに、一度抱いてしまったこの感情は捨てられない。

「ははは。あーあ。バーカバーカ。俺も、スイも、カイも、みんなバーカ。馬鹿野郎だ」



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