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スイ視点
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「なあ、もしもボクがヒトじゃないって言ったら、キミはどう思う?」
ボクがそう言ったら、キミは振り向いて、なあにバカなこと言ってるんだよ、と、おかしそうに笑った。
──本当のことなのに。
「ははっ。そうだよね。おかしいよね。……でも、ボクがヒトじゃなくても、キミはボクの友だちでいて欲しいな」
もちろんだ、とニカッと笑うキミは、ボクにはとても輝いて見えた。
キミと一緒にいると、世界が輝いて見えるんだ。そんなことを言ったらキミはなんて返してくれるだろうか。
笑ってくれるだろうか。
それとも、驚いてくれるだろうか。
どんなキミの表情でも、ボクには愛おしく思える。
──ボクの大切なヒト。ボクの唯一。
二人は仲が良いねってからかうようにクラスメートが言ってくる。
だろ? と、キミはなんでもないように答える。
ボクはその側でクスクス笑って見せる。
ワイワイと楽しいクラスだ。
笑いの絶えない教室。
これが、ボクの望んだ生活。
ボクがボクのために、選んだ生き方。
ああ、なんて楽しいのだろう。しあわせなのだろう。
クラス担任が教室に入ってきた。
笑い皺が印象的な担任のセンセーだ。
センセーはまだ独身なんだって、と、女子たちがささやいて噂話をしている。
そこ、私語をやめろーっとセンセーが指摘をすると、センセーは地獄耳だね、とおしゃべりがまた始まる。
いつもの光景だ。
平和な日常。
何事もなく過ぎていく日々。
すべてがボクの宝物だ。
宝物だった。
今日から卒業試験を始めるんだって。誰かが言っていたとおり、試験を行う世界に皆で渡った。
目を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、海だ。
見渡す限り、青い青い大海原が広がっていた。
海。海。海。
ああ、綺麗だ。
居心地がいい。
気に入った。
卒業試験はもう始まっているらしい。
クラスメートたちはもう各自で動き始めた。
一年間かけて試験は行われる。
この世界の知的住民はどこに行ったのだろう、街はどこだろう、この世界はほとんどが海水で陸が極少面積しかないみたい……。
クラスメートたちはその優秀な頭脳と使役獣をフル活用して活動している。
「あーあ。……もうここら辺でいいかなあ。潮時だろうなあ。それに、ちょうどこの世界が気に入ったし」
滲む涙が零れないように目を細めて笑ってつぶやいた。
何がいいんだ? と、キミは聞いてきた。
聞こえてたんだ、と驚きながらも、なんでもない、とボクはごまかした。
今日はもう元の世界に帰るみたいだ。
また皆で移動した。
キミとまた楽しくおしゃべりをしていた。
今日は何をしようか、そんなたあいもない話し。
「あ、そうだ! あのな、ボク、ちょっと引っ越しすることになったんだ。だから今日でお別れ。カイ、今までありがとう。素敵な想い出をたくさんありがとう」
椅子から立ち上がって、勢いよく言った。
キミは瞳がこぼれ落ちてしまうのではないかというくらい目を見開いていた。
キミの魅力的なそのお目々が落ちてしまうよ。
「キミのこと、大好きだったよ」
浮かぶ涙に気づかれないよう精一杯笑った。
──じゃあね。もう、キミとは逢えない。
──こんな別れ方しかできないボクを、どうか赦して。
ボクはその場で世界を跨ぐ道を開いて、キミの目の前から消えた。
追いかけて来れないように行き先を隠蔽する設定もしておいたから、ボクから逢いに行かなければ、キミとはもう逢えない。
本当のお別れだ。永遠の。
ボクの行き先は誰も知らない。
誰にも教える気はない。
そして、ボクはもうキミと逢わない。
──しあわせになってね。カイ。
海の世界だ。
無事に世界を渡れた。
ここが今からボクの棲む世界だ。
ヒトの身体では不自由な世界なので、ボクは本来の姿に戻る。
──どの姿もボクはボクではあるけれど。
やはりこの姿が一番楽かもしれない。
ヒトの姿も好きだけど。
──だって、ボクの大切な人と一緒に居られる姿はヒトの姿だったから。
今はもうヒトの姿をとる意味はどこにもない。
このほとんどが海の世界では、生まれたときと同じ姿でいるほうが生きやすいだろう。
──生きる理由も今はなくなってしまったけど。
水龍。それが、ボクだ。
龍は神と同じ格を持つと云われている。
知恵も能力も、龍という種は神に匹敵する。
各世界では、神と崇められている龍も多い。
龍は生涯にひとりだけ、伴侶を得る。
姿を変える能力が高く、伴侶と同じ種の姿をとることができる。
龍は伴侶がいなければ、生きていくことができないと云われている。
愛するモノを愛するために生まれてくると、どこかの御伽噺では云われるほどだ。
──でも、ボクは出来損ないだから。
伴侶を自ら手放す選択をした。
──ずっと一緒に居られないとわかっていたから、
──それならと、ボクは自分から手を放すことを望んだ。
龍であるのに、龍としては不完全に生まれてしまったボク。
他の同種たちとは格段に劣る能力しかボクは持ち得ていなかった。
──だから、ボクはキミと恋人にならなかった。
──なれなかった。
怖かったから。
ずっと一緒に居たら、いつか、ボクの本当の姿を知るときが来るだろう。
そのときに、ボクはキミに伝えることができない。
──100万年生きると云われる龍。しかしその出来損ないは、たったの30年しか生きられない、ということを。
ボクがキミを望んだら、キミはボクを失う哀しみを知ってしまうだろう。
それが一番イヤだった。
龍は伴侶を、伴侶が死ぬまで見届けることができれば、その後、寿命が尽きる何百万年もの間、穏やかに過ごすことができる。
様々な世界を巡って、そこの生き物に救いの手を差し伸べるということをやってのける龍すらいる。
それに比べ、出来損ないのボクは、伴侶の人生を壊すことしかできない。
──ボクはひとりで生きて、死ぬことに決めていた。
──でも、キミを見つけてしまったら、どうしてもキミのそばに行ってみたくなったんだ。
ボクの唯一をボクのモノにしたいという本能から必死に抗って、キミの親友という立場を獲得した。
そのおかげで、数年間、しあわせな日々を過ごすことができた。
とても幸福な日々を。
──ありがとう。これで心置きなく短い余生を過ごすことができそうだ。
堂々とした長くて美しい鱗に覆われた身体をくねらせ、海を優雅に泳ぐ。
この世界は美しい世界だった。
どこまでいっても青々とした海が広がって、龍の中でも特に水と相性の良い水龍であるボクには隠居するのにとてもぴったりだ。
あ、あそこの洞窟、寝床に良さそう。
広い海の中にちょこちょことある小さな陸。
その中のひとつ。
洞窟のようなつくりのそれ。
どのような造りになっているのか、海水がその洞窟の上からも流れ、外から見ると水でできたモニュメントのようになっていて綺麗だと思った。洞窟の中も海水が半分ほど占めているようで、寝るのにちょうど良さそうに見えた。
その洞窟の中に入って行く。
すると、
「敵襲だー! 攻撃しろ!」
どこかで聞いたことのあるような大声で、物騒な言葉が聞こえたかと思えば、身体にびりびりとした衝撃が走った。
痛い。
身体が崩れ落ちた。
──なにが起きたの。ボクは敵じゃないよ。だたの出来損ないだよ。
視界が真っ暗になっていった。




