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ゲジゲジ  作者: 一口太郎
3/6

橘田柑子の場合(1)ー3

「おまたん、二人とも」


 例の木のテーブルに、二つの飲み物が運ばれてきた。


「これが橘田くんの『テ』ね」



 俺の前に置かれたその飲み物は、琥珀色よりも暗いが、カップの底まで透き通っており、黒い葉っぱのようなものが底をゆっくりと徘徊しているのが見えた。

 そして俺は、この飲み物を今までに幾度も飲んだことがあった。



「・・・・紅茶のことだったのか」


「そそ。フランス語では紅茶のことを『テ』っていうらしいよ」



 まったく関係ないが、鼻をフランス語で『ネ』ということをふと思い出した。フランス語は、一音の単語が多いのだろうか。うーん、不思議とこの店にいると、フランスにかぶれてしまいそうである。



「で、こっちが如月さんのカフェ・アロンジェ」


「うわ、おいしそう」


「ありがとう。ところで、如月さんってフランス人とのハーフだっけ?」


「お父さんがドイツ人だよ。どうして?」


「いやね、メニューにはただの『カフェ』もあったのに、どうして『カフェ・アロンジェ』の方を頼んだのかなと思って。もしかしたら、フランス人の親がいるから、意味知ってたのかなーって」


「あははっ。そうじゃなくて、どっちも同じ値段だったから、『アロンジェ』って名前が付いている方がお徳なのかなと思って、適当に注文しただけだよ」


「ああ、そうだったんだ」


「うん。というより私、お父さんも日本語がペラペラだから、ドイツ語もさっぱり分かんないよ」


「何それ!ハーフってそんな感じなんだ、ははっ」



 俺は二人のマシンガントークに乗っかろうと試みるが、乗っかった弾丸はすぐに壁に埋まってしまい、肝心のマシンガンに乗ることができない。やむを得ず、俺は会話が終わるのを待つことなく一人で紅茶を静かに飲み始めることにした。



「私の”リイベ”っていう名前は、ドイツ語で『愛』の意味があるらしいから、あわやそれだけは知ってるけどね」

「凄くいい名前じゃん!やっぱり名づけ親はお父さん?」


「そうそう」


「本当に素敵な名前・・・・」



 朝霧はこちらの様子に気づいたのか、腕を組むフリをし、リイベに見えないように片手でチョップのようなポーズを見せてきた。おそらく、両手で手を合わせるポーズを片手で表現して「ごめん」と言っているのだろう。



「如月さん、お父さんのことは好き?」


「えー、多分好きだよ。朝霧さんは?」


「私は・・・・そんなに好きじゃないかな、うん」



 彼女はあからさまな作り笑いをする。先ほどの愛想笑いといい、彼女は意図的に作る笑顔がどうも苦手のようである。しかし今回の作り笑顔には、翳りが見えた気がした。



「ごめん、橘田くん。話が長引いちゃった」


「お気になさらず」


「えー、怒ってない?」


「そんなに短気じゃない」


「ははっ、やっぱり怒ってんじゃん」



 彼女は俺の背中をポンポンと叩いて宥めようとするが、そもそも俺は本当に怒っていない。しかし、どう弁明しても無駄な気がしたので、とりあえず俺も乗っかることにした。



「あ、言いそびれてた。如月さん、『カフェ・アロンジェ』っていうのは、エスプレッソの『カフェ』を薄めたものだから、ただのコーヒーだよ。お好みで目の前にある角砂糖やミルクを入れてね」


「普通のコーヒーなんだ。エスプレッソはちょっと苦手だから『アロンジェ』で正解だったかも」


「それと、何かぎこちないから”五十鈴”でいいよ」


「そう?じゃあ私も下の名前で呼んでよ」


「よろしくー、リイベ」


「こちらこそ、五十鈴ちゃん」


「じゃあ、仕事に戻るから。そろそろ人が多くなる時間帯だし、また明日ね」



 朝霧は、カウンター席にお客が座ったのを見計らってなのか、そちらの方の相手をするためにカウンターへと戻った。



「ごめんね、コージ」


「それはいいけど、友達ができてよかったな」


「うん。話した限りでは、学校での五十鈴ちゃんとはまったく違う人間みたいで少し驚いたよ」


「俺も、思ったほど悪い奴には見えなかったな。・・・・いろいろと思うところがありそうだ」


「ま、それに関しては私たちがいちいち首を突っ込むことでもないよ。私だって、触れてほしくない部分はあるし」



 リイベは角砂糖が入ったカップを開け、小さいトングのようなものでひとつだけ掴むと、その白い光を暗い闇へと沈め、スプーンでかき混ぜ光を闇へと葬った。



「お前にも、そういった部分があるのか」


「まあ、人間ですし。一つや二つはありますよ」



 そんな談議をしながら紅茶を飲んでいると、後ろから背中をポンポンと叩かれる感触を感じた。徐に顔を天井に向けると、一枚の皿を持った朝霧が立っていた。



「はい、除け者にしちゃったお詫び」



 彼女はその皿をテーブルに置いた。そこに屹立していたのは、上白糖のコーティングによる照りと、凹凸の形による翳りを交互に見せる、まるで高級カヌレかのようなシェープをした、本物の高級カヌレであった。



「カヌレ・ド・ボルドー。この店のおススメだから、召し上がれ」


「一本糞・・・・」


「何言ってんの?」

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